歩こう 一歩づつ

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向野第1公園です。

マンション「アメニティ長野」の向かい側に向野第1公園があります。きれいな公園です。ベンチがあります。汚れてはいません。ベンチに座って子供たちが遊んでいるのを見ようかという気になりそうです。小さい子供が自転車遊びをしていたり、ボール遊びをしていたりしていました。よく利用されている公園です。
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地図の6番が向野第1公園です。
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公園の入り口です。花の手入れを誰がしているのでしょうかきれいです。

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公園の北の方にベンチがあります。パンダとクマさんの遊具があります。向こう建物、右がトイレ。ここのトイレはきれいです。トイレを汚すのは子供、それを黙って見ている大人もいるとか。どんな子に育つのか・・、その掃除に自分が納めた税金が使われる・・とは思わないのでしょうか??
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ボール遊びをしている子供たち。

by satoyoshiaki | 2011-09-29 11:06 | Comments(0)

菊水緑地広場です。

地図の2番です。8月夏の盛りに本町公園の近くを歩いていると、小さな建物が並ぶ道、ふと右手を見ると草の生えた広場が見えました。これは公園かなと思って入っていきました。公園のようです。
広場に入っていく道はタイル張りのきれいな道です。それを通って広場に入るとコンクリートで作った休憩所のようなものがあります。ベンチがありますが汚れており周囲も汚くて掃除をしないと座れないようです。
広場の右手奥のほうは一段と高くなっております。そこにも草がたくさん生えております。
公園として使えるのだろうかと思いました。
この公園はなんと言う公園かと標識を探しましたが見当たりません。入り口の右手横に腐った木が立っています。これが標識らしいです。なんと書いてあったのか分かりません。
後日、公園緑化協会に問い合わせると「菊水緑地広場」だと分かりました。標識を建て替える予算が厳しいとか。9月25日に再度行ってみました。草がきれいに刈られて気持ちのいい広場になっていました。

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地図の2番が菊水緑地広場です。字が重なってすこし見にくいです。
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公園に入る道。タイル張りです。正面の納屋のような小屋には「防災倉庫」と書いてあります。他にも何か所か防災倉庫を見かける公園があります。
入り口左手の朽ちた木に公園の名前が書いてあったのだと思います。これを新しくする予算が厳しいとか、安上がりの標識はいくらでもあるとおもいますが、この標識を修理する予算がないか・・。

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休憩所。蔦が絡まっています。
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少し高くなったところ。8月のはじめに来た時には草が生えていました。いわゆる草だらけでした。今日はきれいに刈ってありました。芝生が生えているような感じでよかった。

by satoyoshiaki | 2011-09-27 15:51 | Comments(0)

清教学園の階段  これが階段シリーズの最後です。

中学生の孫の文化祭で清教学園に行きました。
普段、一般の人が通れない「しらかしの径」を歩きます。
そこに階段があります。かなり長い階段です。この階段をブログに・・
と以前から言ってました。
やっと階段を数えられるなぁと下の孫と階段を数えながら上りました。
103段でした。
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 清教学園への階段です。

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清教学園は高台にあります。学校からの眺めは最高です。
by satoyoshiaki | 2011-09-25 19:55 | Comments(1)

歩こう公園、緑地 今日は本町公園です。

河内長野市には公園・緑地などがたくさんあります。散歩をするときいつも同じ道を歩く、同じ道でも季節、天候、時刻や出会う人たちによりその表情がかわります。同じ道でも歩く方向を変えるのも面白いものです。歩く方向を逆にすると別の道を歩いているような感じがするときもあります。
足の向くまま気の向くままに歩いたり、行先を決めて歩いたりします。私はよく今日はどこそこまで行ってみようと行き先を決めて歩きます。そこまで行くのに通過点を想定しておくこともあります。その通過点や目的地を公園・緑地などにして歩いてみようと思います。
市の資料によると公園が158ヵ所、緑地が106ヵ所あります。広場もあります。これから公園、緑地、広場なども投稿したいとおもいます。
今日は地図の1番「本町公園」です。
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地図です。字が欠けていますが公園の南側にあるのが ノバティながの その東側が河内長野駅です。
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 公園入口の標識。木町公園と読みそうです。
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公園に通じる坂道を下ります。小さな小屋は防災品倉庫だったと思います。
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  藤の木の下のベンチ。
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ベンチの所から階段で広場へ下ります。広場は草が一面に生えています。抜くのか刈るのか手入れも大変だとおもいます。

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トイレです。ここのトイレはあまり汚れていません。大変なトイレもあります。

この公園は河内長野駅から近くにあります。最近2回行きましたが誰もいませんでした。暑きからかも分かりません。公園の草刈りは年に2回か3回だそうです。広場を学校の運動場のようにはできないでしょうね。
by satoyoshiaki | 2011-09-24 10:24 | Comments(0)

高野明神社です。

天野山金剛寺の高野明神社へ行きました。本殿が二棟あり一棟には「鎮守丹生・高野明神社」と書いてあり、もう一棟には「鎮守水分明神社」と書いてあります。神社にはその神社の縁起などを書いたものがありますが、ここには何もありません。どういう神社なのか、お祀りされている神様は・・など分かりません。市の教育委員会の「ふるさと文化課」へ聞きに行きました。金剛寺を再興した阿観上人が承安2年(1172年)に高野山の丹生明神と高野明神をこの地に移して祀り、土地の神様だった水分明神とともに寺の鎮守とされたということでした。この神社の数十メートル南に丹生・高野 両大明神というのがあります。これについてはハッキリと分かりませんでした。「両と書いてあるから二つをまとめたのではないでしょうか・・・」とか。この神社の上り口に石碑があり「安政四丁己年5月建立」と書いてあります。1859年でしょうか。かなり後です。高野明神社がかなり高い所で上がりにくいので、上りやすいところへ両大明神を立てたのでしょうか。
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神社への階段です。61段で拝殿。そこから15段で鐘楼。そこから52段で本殿。全部で127段です。登り口は石の階段ですが途中にコンクリートで作った階段があります。坂道が荒れてきたので階段にしたのではないでしょうか。段差の小さい奥行きの長い階段でした。

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    拝殿です。

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  鐘楼です。

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 本殿です。階段を上がりきったところからの通り道に草が生えていました。手前が水分明神、向こうが丹生高野明神です。ここには鳥居がありませんでした。

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  両大明神入り口です。

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両大明神の本殿です。途中に狛犬さん。鳥居がありました。階段は39段でした。

これで市内の神社をすべてお参りしたことになります。このあとは公園、緑地を見て回りたいと思っています。
by satoyoshiaki | 2011-09-21 10:23 | Comments(1)

八坂神社です。

清見台の南の端、神ケ丘や東片添町に近い石見川沿いに八坂神社があります。
ここには階段がないのですが、行って来ました。この神社は「おぎんさん」とも言う名で親しまれたそうです。三日市町が高野街道宿場町として賑わった約300年前の江戸時代に京都祇園さんの分社として造営され宿場町の繁栄を祈願すると共に行き倒れや悪病流行に対する除災を祈願したそうです。戦時中は出征兵士の武運長久を祈願して参拝し、お百度参りのご利益で他地区に比べて無事生還した兵士が非常に多かったと伝えられているそうです。当初は三日市町駅東側の祇園山に祀られていたのですが、1984年現在のところに祀られるようになったと書いてありました。三日市町駅の東側はすべて住宅地になったので
移転したのではないでしょうか。
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  道路の向かい側から見た八坂神社です。右端に小さく祠が見えます。

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  ここの鳥居は朱塗りです。稲荷鳥居です。

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  入り口の鳥居。平成二十一年十一月と書かれています。まだ新しい鳥居です。
by satoyoshiaki | 2011-09-19 18:03 | Comments(0)

青賀原神社です。

下里にある青賀原神社には階段がありませんでした。この神社は単立神社です。単立神社で有名な神社には日光東照宮、靖国神社、伏見稲荷神社などがあります。神社本庁を離脱して単立神社になるのは金銭面の事情があるなどとネットにありました。
青賀原神社の丹生大明神は延暦3年(784年)紀州かつらぎからこの地に奉還安置された神で天照大神の弟神、月読之尊だと伝えられているそうです。空海とも関係が深く、空海が高野開発まじかの頃、槇尾寺に向かって下里谷を通行中、大蛇に襲われましたが高野明神に助けられたそうです。この神社の創建は平安後期の治承4年(1180年)、現在の本社殿は江戸初期に造営されたもので祭神は丹生大明神、高野大明神、久爾津神、稲荷大明神と伝えられるなどと書いてありました。


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   境内への入り口。写真の左がわ坂道です。

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  境内。左側に遊具があります。子供も元気で遊んでください。

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  本殿、奥が拝殿です。
by satoyoshiaki | 2011-09-17 12:11 | Comments(0)

「何の実?」」分かりました。

9月9日に投稿した「何の実でしょうか」の実が何の実か分かりました。
ホオノキの実でした。教えていただきました。ありがとうございました。
ホオノキはモクレン科です。モクレンの木が近くの寺ケ池公園にありますので見に行きました。たくさん実がなっていました。大きな実です。少し似たところがあります。

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 モクレンの実です。丸く膨らんでいるところは中に紅い丸い種が入っているのではないでしょうか。

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今日のホオノキの実、乾燥して変形してきました。紅い種が出てきて、こぼれ落ちそうです。
by satoyoshiaki | 2011-09-15 10:20 | Comments(1)

流谷八幡神社です

流谷八幡神社へ行きました。河内長野の神社で神社本庁に登録されている神社は12社。
この神社で12社目です。南海電車の天見駅の西側、371号線を越えてすぐ流谷に入ります。少し歩くと神社があります。この神社は京都の石清水八幡宮のご神体を勧請したそうです。
創建は古く、鎌倉時代に修理をしているそうです。この神社にある鉄製の湯釜は大阪府の文化財で製作年代が刻まれており延元5年(1340年)この神社のために作られた。1月6日を勧請された日としており、長いしめ縄を作り豊作を祈願するなどと書いてありました。
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    天見駅から流谷へ

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 正面に見える紅い橋、大きな木、右手の森が神社です。

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   神社に入る橋

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   鳥居が見えます。明神鳥居です。鳥居のすぐ前は石垣です。

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   拝殿です。

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   本殿へ。階段は35段です。

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湯釜?
神社に湯釜のことが書いてありましたが、見当たりませんでした。帰り道、どこかで見た、来る道だったかなぁと思いながら歩いていると道端に大きな鉄釜が置いてありました。
これがあの釜か?それにしてもこんな道端に置いてあるとは・・・・。誰かに聞いてみようと思いましたが誰も人がおりません。仕方がないので、まぁいいかぁと思っていると前からおじいさんが歩いて来ました。その人に聞くと、あれは違います。河内長野駅近くの飯屋さんにあったものをもらってきたのです。湯釜は天王寺美術館にあります。神社にはレプリカがあります。1月の祭りではその釜でお米と酒を炊いて笹でかき回します。
笹を振ってそのお汁やお米が参拝者にかかると、無病息災。笹を田んぼに立てて、豊作を祈りますとのことでした。道端と美術館とは大きな違いです。
by satoyoshiaki | 2011-09-13 14:17 | Comments(0)

蟹井神社です。

南海電車の天見駅から少し歩いたところに蟹井神社があります。行ってきました。
この神社は天喜2年(1054年)の創建と言われているそうです。
当時「甲斐神社」と言って神武天皇、応神天皇、神功皇后が祀られています。数度の大火で焼失し、その沿革は詳細不明だが伝えによると延宝4年(1676年)の大火で焼失、その後再建されて「蟹井神社」と改称、明治41年に岩瀬の菅原神社を合祀した。正面の鳥居と石段は元禄12年、田中淨泉氏の寄進などと書いてあります。
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南海電車天見駅から、電車の線路跡の散歩道を歩きます。この7月ごろには、371号線のバイパス工事のための迂回路が作ってあり、一度右手の谷底の川の近くまで下りて行かないと通れませんでしたが、その工事は終わって迂回路はなくなっていました。

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新しい橋脚の中を通って少し行くとひと際目立つ高い木、あそこが蟹井神社です。

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蟹井神社の階段。75段で拝殿でした。

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5段で本殿です。

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階段の上から鳥居をみたところ、この神社の鳥居も明神鳥居です。
by satoyoshiaki | 2011-09-11 14:15 | Comments(0)