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おへんろ日誌  5日目

お遍路日誌
   第5日目
    平成23年5月18日(水)
  この日お参りしたお寺
    第45番札所 岩屋寺
6時前に起きる。昨夜、鏡をみて驚いた。いかにも疲れた顔をしている。そんなにシンドイという感じはしないが顔を見るとガタガタだ。気が先行しているが、体力がついて行っていないのだろう。今日からは30km近く歩くことは止めて最初の考え通り20kmくらいにしよう。
今日は岩屋寺へ行って戻ってくる。リュックサックは背負わない。頭陀袋だけの歩きだ。
7時50分に出発した。今日も快晴だ。大宝寺経由の道は歩かずに県道12号線、峠御堂トンネルを通る道を行く。二時間くらいで八丁坂への登り口のところに来た。
前回は八丁坂を歩いた。登ったり下ったりの厳しい道だ。あの時、もうこの峠で最後だろうと思うところで、逆打ちの若い人に会った。その人が「ここから下りだと思われるでしょうが、違うのです。下って、登って下って登って、最後にどーんと下ってお寺です。」というようなことを言った。「最後にどーんと・・」の言い方が印象的だった。
その通りで、なぜこんな道を歩くのかと思った。修行の道なので当然だろうが何か違和感があった。
今日は八丁坂を歩かずに車道沿いの道を歩くことにする。車道への道は遍路道ではなく、いわゆる田舎道かと思っていたが、そうではなかった。遍路道の標識がある。途中に古岩屋の大師堂があった。これは岩屋寺の前に出来たものだろうか。よく分からない。古岩屋の少し先で県道に出て岩屋寺へ。
橋のところから登り道、かなり遠い。階段、坂道、階段の繰り返し。11時前にお寺に着いた。手を清めて鐘をつく。昨日も大宝寺で鐘をついた。静かにつく時の音が気持ちいい。
岩屋寺は土佐の女人がこの巌窟に参籠して一心に練行したところ法華三昧を成就して神通力を得たと言われている。弘法大師がここに来て本尊不動尊を安置されたという。
お参りをしての帰り道、階段を数えてみる。全部で216段、数え間違えがあるかも、河内長野の清見台の階段は218段だった。大変な階段だ。ゆっくり下りないと膝にくる。
 参道を出て、橋を渡るとバス停がある。向かい側に店がある。なにか冷たいものが欲しい。店の前にアイスクリームを入れたアイスボックスがある。一つ取って店に入ってお金を・・、店の扉が閉まっている。柱にドアーホーンがついており「押してからしばらくお待ちください」と書いてある。押して待つが誰も出てこない。もう一度・・。留守らしい。アイスクリームをアイスボックスにもどす。
 右手の方にもう一軒店がある。表にソフトクリームの看板がある。そこへ行ってみる。
扉が開かない。張り紙がしてあり「ご用の方は○○へ電話ください」と書いてある。
電話までしてアイスを買うこともないと止める。客はほとんどないし、他に仕事もあるので、このようにしているのだ。商売も大変だと思う。
 バスを待って、バスで帰ることにする。待ち時間は1時間ほど。待合室がある。ここには座布団はなかった。待合室の前、使われていない壊れかけの家、小屋がある。何年か前までは人が出入りしていたのだろうと昔のことを想像する。見に行く。裏への道は草だらけ、戸のガラスが割れたりしている。なんとなく淋しいものだ。
 待合室におばさんが入ってきた。お遍路さんだ。荷物を置いて出て行った。待合室の横に座り込んだようだ。たばこを吸っている。もう一人男性が入ってきた。連れ合いのようだ。何か話をしている。
 待合室を出て、そのあたりを歩く。おじいさんのお遍路さんが来た錫杖を持っている。お坊さんのようだ。待合室の横に立って山を見ている。
 岩屋寺はどの辺りだろう、ここから見えないのだろうかと山を見渡す。新緑の木がきれいだ。どうも周りの山々は岩峰らしい。右手の方を見ると山の中腹辺りに小さく白く光ったものが見える。岩屋寺の屋根らしい。かなり遠い。それが岩屋寺かどうか錫杖を持ったお遍路さんに話しかける。そうですとのこと。あそこまで長い階段道を歩いて行ったのかと見つめる。
 その人はやはりお坊さんだった。千葉から来ているという。何回も行ったり来たりが大変なので、頑張っている、30kmも歩くのはキツイ、足を痛めていると左足の脹脛をさすっている。昨日医者に行きました。今日もどうなるか分からないので宿はまだ予約していませんと言っている。
 バスが来た。13時5分発。私をいれて4人のお遍路さんが乗った。このバスは国道33号線に出るはず、そこで降りれば宿の「ガーデンタイム」は近い。お坊さんは大宝寺に参ってきますと言って大宝寺前で降りた。バスは33号線に出たところが終点だった。
 宿への途中にスーパーがある。そこでパン、牛乳などを買って帰り、宿で昼食をとる。
 少し休んでから、遍路道沿いにあるバス停とその時刻表がバスの終点の事務所にはあるだろうと思ってでかける。バスの終点の業務員室には誰もいなかった。待合室に置いてあった時刻表をもらって帰る。バス停名と地図との関係がはっきりしないので役に立ちそうもないが。今日の歩きは13kmくらい、25000歩だった。

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   ふる里村あたりからの景色です 遠くまで山が見渡せて素晴らしいです。
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   八丁坂への分岐点手前の遍路道です  遍路道の標識があります。
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   八丁坂への登り口 八丁坂は上ったり下ったりの2.6kmです。 
     2.8kmとも書いてありました。
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     古岩屋の大師堂です。お参りの人もなくひっそりと。
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      岩屋寺です 大きな岩が覆いかぶさっています。
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     岩屋寺への階段です   216段?ありました。
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    岩屋寺から下りて来ました 左端にバスの待合室が半分写っています。
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       山の中腹に白く写っているのが岩屋寺です。
by satoyoshiaki | 2011-05-31 18:05 | Comments(1)

おへんろ日誌  4日目

お遍路日誌
   第4日目
    平成23年5月17日(火)
  この日お参りしたお寺
    第44番札所 大宝寺
5時に目が覚めた。昨夜は寝にくかったが目覚めの体調は悪くない。今日も天気はよさそうだ。しばらく晴天が続くようだが、ところにより雨が降るかも分からないと予報している。今日も故障なく歩けますように。
朝食は食堂、一人だった。麦ごはんだった。食堂に大きな水槽が置いてある。中で何かがゆっくり動いている。水草ではない、といって水に沈めた木でもない、生き物のようだ。
聞くとウツボだという。写真を撮ったが真っ黒で何かわからない写真だった。
 今日の道中、突合(つきあわせ)付近に道の駅とかコンビニがあるだろうかとおかみさんに聞くと、おそらく何もないという。昼食ですか、それならおにぎりを作ってあげます。出られるまでに作っておきますと言ってくれる。
出掛けるときに、麦ごはんのおにぎりですよ、大きいのを一つ作っておきました。と言ってずっしりしたおにぎりをいただいた。
 7時40分前のバスにのる。座ってふと横を見ると昨日の青年が座っている。おはようごないますと言っている。偶然だ、また一緒になった。
 彼は小田まで通勤して農業をしているという。イチゴを作っているそうだ。いい仕事をしているね。これから農業は大事だ。頑張ってくださいと励ましてあげる。
 7時50分に昨日歩いてきたバス停上和田に着いた。さぁ出発だ。
8時半ごろ大瀬小学校、9時半ごろ楽水大師と順調に歩く。今日もいい天気だ。ありがたい。歩くと暑い。もうすぐ突合というところで右足の裏が痛くなってきた。
道端に座って足の裏を見る。魚の目が汗で柔らかくなってきている。それを取って、パイロールを塗っておく。今回は傷薬パイロールを少し持ってきている。これは役にたった。
 この処置のあと、足の裏が痛くなることはなかった。10時10分に突合に着いた。
前回はそこを左へ、巡打ちの道を歩いた。今回も巡打ち、左への道を歩く。
 国道379号線と県道42号線の分かれ目辺りのバス停上田渡で12時まえ。おにぎりを食べる。大きなおにぎり、中に梅干しと昆布が入っていた。
 379号線から42号線に入る。ここで前回は道を間違った。左側の谷川の向こうの紅葉がきれいなのでそれに見とれて右折する道を見落とした。今回はしっかり見て間違わずに右折。
 一時間ほど歩くと三嶋神社。前回はこの前にあった店でカップうどんを買って神社で食べた。その店は閉店していた。
 臼杵で42号線をそれて山の遍路道に入る。下坂場峠で再び42号線に出る。少し下ってひわた峠への道に入ることになる。下り道を歩いて行くが右に折れる道が見当たらない。
 地図を見ている間に通り過ぎてしまったのかな?と心配になってくる。近くに民家があったので聞くことにする。
 こんにちはと大きなを掛けるが返事がない。もう一軒、同じように誰もいないようだ。
誰かいないかと道にでる。まえから軽自動車が来た。愛媛ナンバーだ、地元の人だろうと手を挙げて止めてもらう。おじいさんと女学生が乗っていた。
 ひわた峠への道を聞くと、そこの家の手前を左に入るといいですよと教えてくれる。もうちょっと先だったのだ。お礼を言って歩く。100mも歩くと遍路道の標識があった。ウロウロしないで、もう少し歩けば良かったのだ。
 2時半ごろから、ひわた峠への道を歩き始める。休憩所があった。左膝が少し痛い。早めの処置が大事だと、左膝に湿布を貼った。10分くらいの休憩で歩き始める。
 道端の家の庭を手入れしたいたおじさんがひわた峠まであと40分くらいですよと声を掛けてくれる。このあたりには伏流水が湧き出しているところがある、おいしい水だから飲んで行ってくださいとすすめてくれる。
 3時15分にひわた峠についた。今日も快晴だが、峠からは空が見えない。峠道に木々が覆いかぶさっている。峠から松山市街が見えるかと思っていたが勘違いだった。
 そこからは下り。風が寒いくらいだ。汗をかいているからだろう。
 4時半ごろ第44番札所大宝寺に着いた。お参りをして今夜の宿「ガーデンタイム」へ5時20分に到着。この宿では連泊する。明日は荷物を置いて岩屋寺へのお参りだ。
 今日は歩数計の指示が51000歩だった。昨日が43000歩、ちょっと歩きすぎだ。

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   大瀬の町へ行く遍路道です 車はめったに通りません。
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   大瀬の町  8時半頃です 人影はありません。
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 10時10分突合に着きました 三叉路右に行けば逆打ち 左は順打ちです。
     前回と同じように左に行きます。
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     突合の家の壁に貼ってある標識です。
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  前回は11月、数人の人たちがきれいな門松を作っていました。
        今日は売れ残りが枯れています。
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    中田渡へ行く道から 棚田の石組みが見事でした。
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         下坂場峠に出ました。
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  ひわた峠登り口の休憩所  ここで右足の魚の目の処置をしました。
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         ひわた峠です。
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         大宝寺の山門です。
by satoyoshiaki | 2011-05-30 15:11 | Comments(1)

おへんろ日誌 3日目

お遍路日誌
   第3日目
    平成23年5月16日(月)
  この日はお参りはなし
    
5時半に目が覚めた。朝食は6時45分からなので、それまでに出発の準備を済ませておく。朝食もバイキング。朝食を済ませて、フロントの男性に遍路道にクマやイノシシが出ないのかと尋ねる。
今までそんな話を聞いたことがないと言う。クマが出てお遍路さんが襲われたとしたら大変なことで、テレビや新聞で報道されるはず。イノシシは少しいるらしいが、夜行性なので大丈夫だということだった。そういえば遍路道の道端をほじくったような跡があるが少しだ。二上山の登山道のようなことはない。
バスは始発が7時40分、バス停は上松葉。上松葉は宿のすぐ近くだ。少し早く7時半前に宿を出る。バス停に高校生が待っている。同じバスに乗るのかと思って聞くと、帝京高校の生徒、介護科の勉強をしているという。高校の生徒数は300人位だろうかという。待っていたバスは送迎バス。大洲まで行くという。
35分ごろ高校の送迎バスが来た。女子生徒がたくさん乗っていた。
丁度40分ごろに松山行のバスが来た。7時55分に鳥坂トンネル口に着いた。そこから国道56号線を歩く。ゆるやかな下り道。2車線で歩道のあるきれいな道だ。
車が通るが多くはない。30分ほど歩いた頃「ピィ」と車のクラクションが鳴った。よくなにか合図をする時に鳴らすあの音。何かなと思って対向車線を見ると、走ってくる車の運転席から運転手の女性がこちらを見て手を振っている。「気をつけて」という感じだ。こちらも手を挙げて応えるが一瞬のこと、向こうに見えたかどうか。
9時10分北只局前、10時に肱川を越えて順調に歩く。
10時55分に永徳寺、十夜ケ橋に着いた。十夜ケ橋は弘法大師さんが橋の下で仮寝されたというところ。永徳寺のベンチで休憩してから橋の下の大師石像を参拝する。石像の前の川に沢山の鯉が群がっている。おじいさんが餌をやっていた。
20分ぐらいで十夜ケ橋を出る。1kmくらい歩いたところにあったモスバーガーに入る。11時半だった。店内は空いている。昼食にとハンバーガーを食べる。店を出ていく小さなよちよち歩きの女の子が手を振ってバイバイしてくれる。
20分ぐらいでモスを出る。30分少し歩くと帝京第五高校の前に出た。朝の送迎バスの高校生はここまで通っているのだ。
2時前に内子の旅館「松乃屋」に着いた。内子座の前にある旅館だ。休憩することにした。ちょっと疲れているようだ。少し休んでから19日に泊まる予定の「たかのこ温泉ホテル」を予約することにした。予約してあったのは18日に泊まる「ガーデンタイム」までで、19日からはどうなるか分からないので予約していなかった。
「たかのこ温泉ホテル」に電話する。「この電話は、ただ今使われておりません」というメッセージだ。おかしい。観光協会へ電話すると廃業しているという。へんろみち保存協力会の第8版には掲載されていた。第9版には載っていなかったがネットには宿泊プランまで掲載されていたので廃業しているとは思わなかった。
仕方がない。観光協会に紹介してもらうことにした。「メルパルクMATUYAMA」
がいいと言っている。電話すると部屋は空いている。お遍路さんなら8000円のプランがありますと言うので、それを予約する。
ところが「メルパルクMATUYAMA」は「たかのこ温泉ホテル」から6km程北にある。
「たかのこ」までで28kmあるのにさらに6km歩くのはちょっと無理だ。どこかでバスを利用することにしよう。
 そんなことで松乃屋に1時間ほどいて、3時前に歩きに出た。6km程歩いて和田トンネルを出たところに上和田というバス停があった。内子行のバスの時間まで1時間すこしある。ここからバスで戻ろう、休憩方々バス停で待つことにした。このバス停は小屋になっていて座席がある。座布団まで置いてある。
 出掛けに松乃屋旅館で、帰るときどこでバスを降りるのかわかるように「うちこ散策マップ」をもらっていた。おかみさんが内子役場前が一番近いと説明してくれる。役場は3町村が合併したので内子町役場内子分庁になっているという。
 バスが来た。乗る。高校生で満席、女学生が多い。立って行かないと仕方がないと思っていると、横に座っていた高校生が補助席を出してくれた。
そこに座る。横の席の男性が「歩いておられるのですね」と話かけてきた。見ると、若い男性20歳台の青年だ。「僕も21歳の時に歩いて一度まわりました。ぜんぜん疲れを感じませんでした」という。40日程度で回ったそうだ。
内子の町に入ってくる。バス停名を運転手がマイクで言っている。「次は内子駅」と言った。
内子駅。青年が降りていった。ここから電車で帰るという。
 ちょっとおかしいマップによると内子駅は松乃屋を通り越している。
運転手に「内子座に近いところで下してくれ」というと、「もう通り過ぎました。内子座に近いのは分庁前です。」という。「このマップに内子役場前と書いてあるがな」「分庁舎になって、名前が変わりました。次でおりますか。ここですが・・。」とバスを止める。民家もないところ。「こんなところで降りても仕方ないがな。タクシーで帰るからタクシーのあるところで下してくれますか」「それなら終点まで乗ってください」
 終点は直ぐだった。「そこにタクシーが止まっています。」バスを降りてタクシーに乗る。タクシーの運転手さん「平成17年に内子町と五十埼(いかざき)町、小田町が合併して新しい内子町になりました。面積はすごく広いのですが、人口が25000人位です。だんだん減っていきます」という。「高校生を大勢見るけどね」「いえ、少ないです」
 そうこうするうちに松乃屋についた。マップのバス停の名前が間違っていることを言っておく。
 松乃屋の夕食は豪勢だった。食べきれないほどの量だった。少し残す。
 夜、なぜか寝にくかった。

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   北只局に近づいて来ました。国道56号線からの景色です。
    きれいな山里。どんな生活をされているのだろうと思いました。
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   大洲の町。ミラーの柱についているのは遍路道の標識です。
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   十夜ケ橋  永徳寺から見たところです。
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   橋の下に大師石像があります。
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    五十崎からの遍路道  イノシシが出るようです。
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   松乃屋旅館 街灯がある建物の向こう側 看板があるところです。
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      上和田への遍路道です。
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   バスを待った 上和田のバス停の前の山
      上に神社でもあるのか直線の長い階段が見えます
by satoyoshiaki | 2011-05-29 20:48 | Comments(0)

おへんろ日誌  2日目

お遍路日誌
   第2日目
    平成23年5月15日(日)
  この日お参りしたお寺
    第42番札所 仏木寺
    第43番札所 明石寺

5時半ごろに起きる。6時に朝食、朝も部屋食。6時35分に出発した。宿からお昼にとおにぎり二つのお接待があった。
今日もいい天気だ。3km足らずで43番札所 仏木寺。分かりやすい道だ。7時半前に仏木寺についた。     もうお参りの人が来ている。
仏木寺は家畜供養のお寺として知られている。龍光寺が稲の守護寺、仏木寺が牛の守護寺として古くから地元民の信仰が厚かった札所といわれている。
山門は修理中で右横の階段から入る。先に朱印をいただいて、できるだけゆっくりお参りする。お参りをしてから、納経所の人に数珠も持ち方を聞く。前にも聞いたがはっきりと覚えていない。
納経所のひとは祈るときは左手首に数珠を掛けておく。音を鳴らすのは合図のようなものだという。いろんなやり方があるものだ。
7時45分に仏木寺を発った。前回泊まった民宿「とうべ屋」の前を通る。少し行ったところを左に入って直ぐ右の遍路道に入る・・・と思っていたら、とうべ屋の前辺りに「遍路道左折」の標識があった。?。
前はたしか「とうべ屋」から見て右の方に遍路道があったはずだが・・記憶がおかしいのだろと標識のとおり左折する。しばらく行くと右手の山に入る遍路道があった。
険しい峠越えをして歯長峠口にでてきたのが10時前、今日も天気がいいが暑い、ベストを脱いで歩くことにする。リュックの背中は汗。
ここからはだいたい県道29号線を歩くことになる。下宇和で10時15分、10分ほど休憩する。
稲生というところで県道をそれて43番札所明石寺のほうへ歩く。道が少しややこしい、地図を見ていても現在地と地図の関係がよくわからない。
前方の家の屋根の上に人がいる。屋根瓦の修理をしているようだ。危険な場所で作業をしている人に聞くわけにはいかないと思って通り過ぎようとすると、その人が声を掛けてきた。「明石寺はこれをまっすぐ行って、左に曲がればすぐですよ」と教えてくれた。
丁寧にお礼を言って歩き出す、やれやれもうすぐだ。
前から女性が来る。地図を見ながらキョロキョロしている。近づいてきて「明石寺をお参りしてきました。宇和高校の方へ行きたいのですが、どう行けばいいですか」と聞いている。「この地図がややこしくて・・。」
今、宇和高校の横を通って来たところなのでその道を教えると、地図と違うわ?とぼやいている。そこへ地元の人と思われる男性が自転車でやってきた。女性はその男性の方へ飛んで行って道をきいている。
明石寺はすぐだった。明石寺は天台宗に属する札所。山門に向かって左側に別の参道があり熊野十二社権現社があるらしい。そこは荒れた様子だった。
明石寺からは峠越えのへんろ道を歩いた。峠で12時ごろ、「みま」のお接待のおにぎりをたべる。
そこから2kmくらいで今日の宿の宇和パークホテル、13時過ぎに宿に着いた。前回もこの宿に泊まっている。   ちょっと休んでから荷物を置いて少し先まで歩くことにする。帰りはバスだ。
13時半ごろに出かける。14時半ごろ東多田バス停、なんとなく懐かしい。前回はもう少し先まで歩いたが、帰りのバスが止まるバス停がなかったので、このバス停まで引き返して、ここからバスで宿へ帰った。普通バスと急行バスがあり、急行バスの止まらないバス停がある。そんなバス停はバスの数が極端に少ない。
今日はもう少し先まで行けそうだ。鳥坂トンネルを越えた。そこにバス停がある。このバス停は急行バスも止まる。待ち時間が30分ほどある。近くの道路脇に座ってぼんやり景色を見ながら待つことにする。バスは16時28分発だ。
時間は直ぐに経つ。バスの時間になったがバスが来ない。5分過ぎても来ない。もしかして日曜日は時間が変わっているのではないか、時刻表には何も書いてないが・・。バス会社へ電話を掛ける。渋滞で遅れているのだと思います。バスは運航していますとのこと。
10分くらい遅れてバスが来た。今日は25kmほど歩いた。
 宿へ帰って、お風呂、夕食はバイキング、レストランには4,5人の客がいた。
 食事を終えて明日の道の確認、荷物の整理をして、おやすみ。

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朝7時まえ。仏木寺へのへんろ道です。今日もいい天気です。
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        仏木寺の境内です。
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        山門は修理中で通れません。
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    車が少ない静かな道です。前方の山々の緑がきれいです。
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   山道に入ります。歯長峠への道です。ゴツゴツの岩道です。
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     歯長峠を越えて、県道29号線に出てきました。
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         43番札所 明石寺です。
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  卯の町の町並みです。江戸時代宇和藩主の在郷町、宿場町として栄えたそうです。
    きれいな町並みです。
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  板壁にべんがらを塗った家が多いです。この家は塗り立てのようにきれいでした。
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   鳥坂トンネルを出たところです。
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    ここに座ってバスを待ちました。バス停は黄色い立札のあるところです。
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        宇和パークホテル・レストランです。
by satoyoshiaki | 2011-05-28 18:15 | Comments(1)

お遍路日誌 1日目

お遍路日誌
   第1日目
    平成23年5月14日(土)
  この日お参りしたお寺
    第41番札所  稲荷山龍光寺

朝6時半ごろに起きる。今日は土曜日だ。朝の電車は空いているはずだ。7時19分の特急に乗ることにしていた。駅まで送ってもらった。空いていると思った電車が案外混んでいた。連結車両が少ない。
新大阪8時28分発のぞみ1号で岡山へ、岡山9時24分発しおかぜ5号で松山へ、松山12時23分発宇和海13号で宇和島へ行く。宇和島着は13時46分。
宇和島駅が近づいてくるころに車内で支度を整える。前回は駅舎のベンチで歩く支度をしたが、今回は車内で。電車が駅に近づくにつれて、以前歩いた道を思い起こす。駅を出て左、北へ歩く。直ぐに線路をくぐる道がある。それをくぐって直ぐに右折。あとはまっすぐ歩くと41番札所龍光寺に行けるはず・・・と。
電車が駅に近づく、外を見ていると線路の下をくぐるような道が見当たらない。そのうちに終点宇和島着。記憶間違いか。
駅を出て左手を見ると踏切があるが、地下道はないようだ。
近くでたばこを吸っていたタクシーかバスの運転手さんらしき人に道をきく。親切丁寧に教えてくれた。そこの道を左に曲がって、踏切を越えて二つ目の交差点を右折するとあとは真直ぐです。この方向にお寺があります。と右手の山沿いの北の方向を指さしてくれる。
そこを左のそこは駐輪場のようなところの通路だった。やはり記憶間違いだ。よくこんなことがある。どこかの道と混同している。思い込みだ。
1時間少し歩いたころ、二車線で歩道のある並木道。どこかで「おーぃ」と呼ぶ声がする。どこだろうと見渡す。道路の向かい側の家の塀からおばさんが顔をだしている。そのおばさんの声だった。車が通るので大きな声を出さないと聞こえない。
おばさんが「ここから一時間だなぁ」と叫んでいる。龍光寺まで一時間ぐらいだと教えてくれている。お礼を言って歩く。3時半頃だったろうか今夜の宿、民宿「みま」の前に来た。リュックを預けて行くことにした。4時過ぎに龍光寺に着いた。
龍光寺は三間のお稲荷さんと呼ばれているという。東寺造営中の弘法大師が伐採後に天皇に祟りが及んだため造木を切り出した稲荷山の神木に祈願をおこない東寺内にも稲荷社を建立したという。それから伏見稲荷とともに全国に名が広まったという。
お参りをすませて「みま」に帰る。立派な家だ。きれいな庭の見える部屋へ通してもらった。隣の部屋とは襖で仕切ってある。泊り客がいるらしく、話声が聞こえる。
風呂に入って夕食、若い男性が料理を部屋へ運んできてくれる。食事をして明日の道の確認、荷物のチェックをして休む。夜の隣の部屋のいびきには悩まされた。

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宇和島駅近く  龍光寺へ向かう遍路道です。
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   光満あたりです。前方に松山自動車道が見えます。
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   新屋敷バス停近くのおへんろさん休憩所です。こんな休憩所がところどころにあります。
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   三間町務田あたり。直線の遍路道、山が、空が、田んぼが気持ちいいです。
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   午後4時 龍光寺につきました。やれやれです。
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   龍光寺の大師堂です。お参りする人たち。ようおまいり。
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   境内からの眺めです。遠くまできれい。ぼんやり眺めていたい景色です。
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  民宿「みま」への帰り道、向こうに見える村に「みま」があります。
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  民宿「みま」です。ここは裏口です。龍光寺へは裏口から出入りするのが近いです。
  玄関は左手にあります。
by satoyoshiaki | 2011-05-27 15:56 | Comments(2)

四国八十八ケ所 お遍路日誌

四国霊場八十八ヵ所 巡拝
             お遍路日誌
2巡目  区切り第6回              平成23年5月26日
第5回区切りは昨年11月だった。あれからもう半年が過ぎようとしている。ほんとうに早いものだ。
寒さもあまり感じなくなった5月9日から第6回区切り打ちをしようと思って計画していたが、雨が降るという天気予報だったので5月14日に発つことにした。
毎回同じことを言っているが、今回も体力に自信がなかった。出発の直前まで、歩けるかどうか試すために、紀見峠を越えたり、リュックを背負って橋本まで歩いたりした。
歩いてみれば歩ける。だが後がシンドイ。
大丈夫かなぁと思いながらのお遍路だったが、歩き出すと体調が良くなってくるように思う。今日はまだ歩ける。もう少し先まで行っておこうと宿へリュックを置いて、頭陀袋を持って次のお寺にお参りしたりした。
シンドイ、大丈夫。これは気の持ち方でかなり変わる。もう駄目だと思ってしまうとそのようになる。よく言われることだ。だが気持ちは元気だが身体がついていかないこともある。
気持ちはシッカリと、自分の体力の管理には万全を、そんなお遍路だった。
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  前を歩く三人連れのおへんろさん。今回、私は宇和島駅からのお遍路でした。
         以下、おへんろ日誌です。
by satoyoshiaki | 2011-05-26 20:48 | Comments(0)

歩いてきます

    雨が4日ほど降った後、いい天気が続いています。
     雨がつづくと「うっとうしいなぁ、いい加減に止んでほしいなぁ」
     晴れがつづくと「一雨ほしいなぁ、かんかん照りはいややなぁ」
       と勝手ななものです。
      天気予報ではあと一週間ほどは雨は降らないようです。
        その間に四国へ歩きに行ってきます。

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     たらの芽がでてきました。帰って来る頃にはどうなっているかなぁ。
by satoyoshiaki | 2011-05-13 19:56 | Comments(0)

大師御堂へ

  ときどき大師御堂へ歩きます 三日市大師山にあります。
  と言っても住宅地の一角です。イズミヤから大師町へ、少し下って日東町へと
      大師御堂まで登り道がつづきます。
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   大師町の天見川からの登り道、突き当りを左へ、また右へと
       登れ、上れ
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        大師御堂に到着、石碑の右手がお堂
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     いつ行ってもお堂の中はきれいに清掃されています。
   

by satoyoshiaki | 2011-05-11 16:22 | Comments(0)

プロムナード

  散歩道の一つに「緑ケ丘」があります。
  ときどき歩きに行きます。
  その緑ケ丘の一角に「長野台タウンハウス」というのがあります。
 ちょっと変わった住宅が建っています。北欧のどこかの国の住宅街・・・。


  石を敷き詰めた池のようなもの、水は溜めてありません。


  少し大き目の池です


  各家には大きな木で作ったポストがあります。
by satoyoshiaki | 2011-05-09 17:38 | Comments(0)

奥琵琶湖 マキノ

   5月6日奥琵琶湖GFCへ行ってきました。
  新緑がとてもきれいでした。近くのマキノピッグランドの
  メタセコイヤ並木を見に行きました。
   若葉が出そろったところで明るい緑の並木、
     気持ちよかった。
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     奥琵琶湖の八重桜、満開でした。
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    マキノピッグランドのメタセコイヤ並木。思わずいいなぁ・・。
by satoyoshiaki | 2011-05-08 17:39 | Comments(2)