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カテゴリ:お遍路日誌( 27 )

おへんろ日誌  六日目

お遍路日誌     第6日目     区切り打ち8回目
    平成24年5月16日(水)
  この日お参りしたお寺
    第83番札所 一宮寺
    
 朝5時半に起きた。天気情報では今日は晴れ、気温は高そうだ。窓の外を見ると霧、かすかに下の方に海が見えている。
朝食は7時から。バイキングだ。朝食の席は自由。外の景色が見える端の方の席に座る。朝食も料理の種類は多い。食べ過ぎないようにする。
30分ぐらいで朝食を終えて外にでる。鬼無駅への送迎バスが8時なので少し時間がある。観光バスが止まっている。大小2台だ。大きな観光バスにお遍路さん姿の人達が乗り込む。小さいバスにもお遍路さんが乗った。昨夜のお客さんはほとんどお遍路さんだったようだ。
8時に送迎バスがきた。乗客は私一人。30分で鬼無駅に着いた。第83番札所 一宮寺に向けて歩き出す。
30分ほど歩くと川に出た。香東川だ、沈下橋がある。吉野川の沈下橋を思い出す。四国は方々の川に沈下橋があるようだ。
10時頃一宮小学校の横を通る。運動会の練習をしていた。6年生の代表が入学した当時のことを話している。開会の挨拶らしい、6年間は早く過ぎた、これからも頑張りますといったようなことを話している。
10時過ぎに第83番札所 一宮寺に着いた。今回のおへんろで最後のお参りをするお寺だ。納経をしてからお参り。今日はかなり暑くなりそうだ。少しベンチで休憩しようとおもう。木陰のベンチには誰かが荷物を置いている。座っている人もいる。日向のベンチでもいいやと日の当たっているベンチに座る。横のベンチにはリュックサックが置いてある。大きなリュックだ。マットも縛り付けてある。野宿をしている人のリュックのようだ。
しばらくするとリュクの持ち主が来た。14日に出会った韓国の女性だった。またお会いしましたね。彼女はあの日は友人の家に泊まると言っていた。そのあとは野宿をしているようだ。
彼女は大きなカメラを取り出して「記念に写真を撮らせてください。」と言った。私の写真を撮りたいと言っている。断ることもないので写真を撮ってもらった。それなら私も記念にと彼女の写真を撮らせてもらう。彼女はベンチに座って両手でVサインをした。
彼女がなにかを書いている。わたしはこういう者ですと言って納め札を差し出した。ローマ字で書いてある。裏にメールアドレスと電話番号も書いてあった。納め札は頂いたら、こちらからも返すもの、私の納め札を渡す。
高松への遍路道、県道172号線だ。歩道がなく狭い。前から車が来るので危ない。なるべく端の方を歩く。途中から国道11号線を歩くことにした。172号線とは平行になっている。11時半を過ぎて栗林公園に近づいてきた。
12時少し前、11号線沿いにガストがあった。昼食をとることにする。店を出る時にレジの人に中央公園の場所を訊く。これを真直ぐ行くと左側に中央公園がありますと言った。もうすぐらしい。帰りのバス停は中央公園の前にある「県庁通り」というバス停だ。
12時40分栗林公園の横を通る。前回、家内と歩いた時にこの辺りの小さな神社の中でお昼のお弁当を食べた。その神社へ行ってみることにした。栗林公園の向かい側だったはず。
地下道をくぐって向かい側に出る。丁度思ったところに神社があった。諏訪神社だった。
バス停「県庁通り」は道路のこちら側のはず、国道11号線は道幅が広い。中央分離帯が並木になっている。反対側を歩いているとバス停を見落とすかも分からない。
13時過ぎにバス停に着いた。フットバス予約センターに電話をしているのでバスもフットバスというのが来るのかと思っていたが、時刻表を見ていると13時50分発は南海高速バスが来るようだ。
バスの時間まで40分ぐらいの時間がある。待合室のベンチで荷物の整理をする。菅笠と頭陀袋を手提げ袋に入れるだけのことだが。
あとはぼんやりと辺りの景色を見たり、今日の事、今回のおへんろの事をメモしたりする。
道路の向こう側の中央公園の木々の緑がきれいだ。
定刻にバスが来た。予約をしただけなので運転手にバス代を払う。3800円だ。
「県庁通り」から乗ったのは私一人。高松を出るまでに4人が乗ってきて乗客は5人になった。とても採算のとれる乗客数ではない。
1Aの席で前を見ながら大阪へ向かう。自分で車の運転をしていると前を見ているが景色を見ていられない。こんな席から景色を見ながら走るのは面白い。順調に走り17時18分、ほぼ定刻になんばのスイスホテルのバス停に着いた。
退勤ラッシュの少し前の南海電車に乗って帰る。河内長野の駅まで娘が迎えに来てくれていた。区切り8回が無事に終わった。

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朝、五色台の窓から、海が見えます。

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五色台から出発の準備をする観光バス。おへんろさんの団体です。

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鬼無の駅から狭いへんろ道を通って83番札所へ向かいます。こんな狭い道は趣があります。

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飯田団地の横を通ります。

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香東川の沈下橋です。

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沈下橋を車が走ります。ちょっと危険です。

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第83番札所 一宮寺に着きました。

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本堂です。

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大師堂です。

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韓国の女性です。 Heeさんです。

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高松への遍路道。車が多いので怖いです。

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左が栗林公園です。

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諏訪神社です。前回、平成15年3月19日、ここで家内と昼食をとりました。

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フットバスの待合所。向こう側が中央公園です。

今回のおへんろは先祖からいただいた命を引き継いでくださる人々、私にかかわってくださる人々への感謝の気持ちをこめて、またみんなの健康と幸せを祈念してのお参り、へんろ歩きでした。
今回のおへんろは6日間で、歩いた距離が108.5km、一日の平均が18kmでした。20kmを越えないという基本は守れました。というより先へ先へと歩くことをほとんどしなかったので計画の通りということでした。だが、これが体力の限界ではないだろうかとおもいます。
帰ってから数日して疲れが出たのか何となくしんどく感じました。気の所為かも分かりませんが。
今回のおへんろでは良かったと思ったことが何回かありました。横峰寺の上り道、昨年11月に上っていたら、川のように雨水が流れる山道を歩かないといけなかったかもわかりません。
また、食堂で昼食の休憩中に雨が降ってきました。歩いている途中だったら雨支度が大変だったとおもいました。こんな些細なことを良かったと思えるのは歩き遍路の賜物かも分かりません。
通常の日常生活では気にもしないことかもわかりません。
次回はこの秋に行こうと思っています。今年中に無事に結願できますように。  合掌
by satoyoshiaki | 2012-05-29 10:44 | お遍路日誌 | Comments(0)

おへんろ日誌  五日目

お遍路日誌     第5日目     区切り打ち8回目
    平成24年5月15日(火)
  この日お参りしたお寺
    第81番札所 白峰寺       第82番札所 根来寺
    
 朝5時半に起きた。朝食が6時からだ。外を見ると曇ってはいるが雨は降っていない。
6時45分に宿をでた。今日は鬼無駅へ国民休暇村「五色台」の送迎バスが迎えに来てくれる。その時間が16時20分と決まっている。歩く距離は17キロ少し。時間は十分ある。
 第81番札所 白峰寺に向かった。白峰寺は「えびすや」から標高400mのところまで上り、そこから下って標高280mのところにある。ゆっくり歩くことにする。
田舎道を歩いていると逆打ちの人に会った。今日で3人目だ。3回廻っていると言っている。道を間違えることがよくあると話していた。
 山道に入る。前を男性が上って行く。お遍路さんではない。登山用の杖をついている。荷物は持っていない。標高380m位だろか車道にでる手前の遍路道、見上げると休憩所らしきものがある。そこに上がる前に下を見下ろすと景色が素晴しい。曇っているが讃岐独特の山々が下に見える。国分、端岡辺りの家々が見渡せる。向こう遠くに高い山が見える。頂上あたりは雲で隠れている山もある。
その景色を眺めていると「ここからよく見えますよ」と上から声がした。さっき先を歩いていた人だ。休憩所、展望台があった。その人は建設業の仕事をしていると言った。ほとんど毎日ここまで歩いてくると言う。あの山の向こうは徳島ですなどと教えてくれる。そうこうしていると下から男性が二人上って来た。朝の散歩仲間らしい。
そこから少し上がると車道に出る。そこに「新一本松」と書いた小さな松が植えてあった。地図には一本松と書いてあるところだ。松が枯れたので新しい苗木を植えたようだ。
ここから左に行くと白峰寺、右に行くと根来寺だ。白峰寺への車道を歩いてまた山道に入る。
9時に摩尼輪塔と下乗石のところに来た。摩尼輪塔とは仏道修業の中でも最終の位を表すものだそうで、丸い石を載せた下の台に下乗と書いてある。どんな高貴な者でも聖地であるから乗り物からおりて歩けということだそうだ。
この摩尼輪塔の横に「下乗」と書いた大きな石碑が立っている。前回、来た時は乗り物で遍路した人もいたのだなぁとおもったりした。摩尼輪塔より大きな石碑、「降りろっ!」と叫んでいるようにも感じた。
そこから10分程で第81番札所 白峰寺に着いた。宿を早く出たこともあって、予定より2時間早く着いている。また予定では鬼無駅へ送迎バスが来る時間より1時間早く鬼無駅に着くようになっているので、3時間の余裕がある。余裕と言うかぼんやり過ごす時間ということかもわからない。
ゆっくりお参をする。子年生まれ人の一代守御本尊は本堂の千手観音菩薩様と書いてありる。それでは・・と本堂では特にしっかりとお参りする。
境内にベンチがあったので、自販機でお茶を買ってそこに座る。この山の中にお寺を立てようと、いつ誰が決めたのだろう。ほんとうにいろんな苦労があったろうなぁ。お参りをする人にはいろんな人がいる。どんな気持ちでお参りしているのだろう。ぼんやり考えて時間が過ぎる。      
1時間くらい白峰寺にいてから出かける。まだ雨は降っていない。
車道に出る手前に「陸軍用地」という石碑が立っており金網で柵をしたところがあった。「自衛隊の訓練所、立ち入り禁止」といったような標識が掛かっていた。
 閼伽井という井戸がある。神仏にささげる水の湧く井戸だという。今は鉄板で蓋をしてある。昔おへんろさんも飲んだそうだ。
白峰寺から2.8kmのところに十九丁というところがある。国分寺と白峰寺と第82番札所 根来寺を結ぶ三叉路になっている。そこにさしかかる。急坂を上ると比較的平坦な山道になっているようだ。そこに誰かいる。頭が見えている。座っていて、立ち上がったようだ。
私が近づくと話しかけてきた。4回目を回っているという。番外もお参りしているそうだ。
今夜は鬼無に泊まるという。国民休暇村「五色台」のことは知らないと言った。知っていたらそこに泊まったのにと言っていた。
 昨夜はどこに泊まったのかと聞くので「えびすや」と言うと、あんなところに泊まったのですか、あそこは評判が悪いですという。わたしも一度泊まりましたがせかされて困りました、ゆっくりできませんと話していた。5人泊まっていたというと驚いたような顔をしていた。
 私は足が遅いですから先に行ってくださいとうと「それでは」と言って82番の方へ歩いて行ったが直ぐに引き返してきた。「白峰寺へ行くのに間違って根来寺へ行くところでした」と言っている。話しているうちにこんがらがったようだ。この人は菅笠も杖も持っていなかった。
 そこで少し休んで出かける。白峰寺から3.4kmのところで車道に出る。少し行くと「手打うどん みち草」というのがあった。12時半頃だ。そこに入ることにした。
 小さな店。客はだれもいない。おばさんが一人で料理をしているようだ。壁に張ったメニューから注文してくださいというので、親子丼を頼む。ゆっくり食べる。量の多い丼で全部食べられない。紅茶を注文する。テレビを見ながら紅茶を飲む。外を見ているとガスで霞んだ紅葉の葉の動きが上下にぴくぴくしている。雨が降っているのだ。外を見ると一面のガスだが道路が濡れてきた。いよいよ雨だ。
 店の中で雨支度をする。歩いている途中でなくて良かった。雨靴、雨ズボン、雨カッパを身に着ける。少々の雨でも大丈夫だ。支度する時間も十分あった。
 雨の中の遍路道を歩いて13時40分に第82番札所 根来寺に着いた。途中ゆっくりゆっくり歩たり、「みち草」で時間をつぶしたりしたので根来寺に着いた時間はほぼ予定通りになっていた。それでも鬼無駅では送迎バスまで1時間の余裕ができることになっている。
 鬼無駅への道を納経所できく。来た道を登って県道に出ると標識があるのですぐに分かりますと教えてくれた。あの坂を戻るのかぁとしんどくなってくる。下りばかりと思い込んでいたためだろう。まぁ大した坂ではないよとゆっくり坂を上る。県道へ出た所、鬼無への道?標識が見当たらない?そこへ丁度先ほどの男性が来た。81番をお参りしてここまで来たのだ、早い。
 鬼無への道、どっちだろうと二人でキョロキョロ。あっここに標識があるっ。その標識は真上にあった。私は菅笠で真上の視界をふさがれている・・これは弁解。周りをよく見ること、まわりとは上も含むという教訓?
 男性と「お互いに気を付けて行きましょう」と別れて鬼無の駅へ向かう。16時頃に駅についた。この駅はよく覚えている。前回ここまで家内が電車で来て83番、84番、85番を一緒に廻った。
 駅で雨具を脱ぐ。他の荷物が濡れないようにポリ袋に入れて、リュックに入れる。 
駅舎におばさんが一人いた。何かを待っている様子。しばらくすると出て行った。高校生らしい髪の毛を伸ばした男性が入ってきてベンチに座って携帯をいじくりだした。しばらくすると出て行った。
 16時20分少し前に送迎バスが来た。乗るのは私一人。踏切を越えて山に向かっていく交差点の手前で止まった。先ほど駅にいたおばさんが乗って来た。あとで分かったがこの人は「五色台」の従業員だった。
 山道を右に左に曲がりながら登っていく。先ほど根来寺から上がってきた標識のところも通り越した。雨のなか道がガスでほとんど見えないところもある。それにしても時間がかかる。前回、10分程度だったなどと思っていたが、とんでもない30分かかって五色台に着いた。
 部屋は広くてきれいだ。雨具の水を拭きとってエアコンの下に吊るす。25℃くらいの暖房にして乾かす。
 明日の計画が少しまずい。送迎バスの所要時間を10分程度しか見ていない。明日は家に帰る日で、帰りは高松の県庁前からバスで難波のスイスホテルまで行くのでバスの予約をしてある。予約したのは県庁前12時50分だ。乗り遅れたら困る。フットバス予約センターに電話してバスの時間を変更する。13時50分発にした。そのバスも1Aの席が空いていた。1Aとは一番前の席、前の景色を見ながら帰りたかった。ただし事故を起こせば真っ先に犠牲になる席だろうとおもう。めったなことはないだろうとその席を予約する。
 夕食はバイキング。おへんろさんメニューはバイキングと聞いていたが大勢の人がバイキングだ、30~40人くらいの人が食べているようだった。皆おへんろさんなのだろうか。スタッフが席へ案内してくれる。バイキングは各自適当に席を取るものと思っていたがそうではないらしい。4人掛けの席に一人、ゆっくりする。
 デザートは向こうの席でバイキングですと言っている。料理の種類も多い。少しづつ取ってもみんな食べきれない。
 デザートもケーキが4,5種類、他にいろいろある。ここはなかなかいいところだ。
明日の朝食は7時から、送迎バスは8時。明日は雨ではないようだ。雨具をリュックの底の方にいれて明日の準備をして就寝。こんどのお遍路の最後の夜、ゆっくり寝ましょう。

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朝の遍路道。左手の岩山は国分台(標高407.2m)につづく山でしょうか。

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一本松手前の展望台から見た景色。遠くに見える山の向こうは徳島県だそうです。

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新一本松です。写真で分かりにくいですが、立札の右手松葉と松のミドリが見えます。

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新一本松の上車道にでました。白峰寺と根来寺の分かれ道です。

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摩尼輪塔です。下の下乗とう字が見にくいです。

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白峰寺の山門です。

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崇徳天皇の菩提所です。本堂、大師堂は右への階段を上ります。

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本堂です。

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大師堂です。

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陸軍用地の石碑です。

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閼伽井です。

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「みち草」の外。雨が降ってきました。

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雨の遍路道です。大した雨ではありませんでした。

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第82番札所 根来寺の山門です。根来寺の本堂、大師道の写真はありません。申し訳ありません。

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鬼無駅です。平成15年3月18日に家内がここへ来たときの写真があります。その時の写真を見ると、この写真の赤い柱が白、公衆電話ボックスがありません。8年経ってますから・・・。

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送迎バスから、「五色台」への上り道です。
by satoyoshiaki | 2012-05-27 11:33 | お遍路日誌 | Comments(0)

おへんろ日誌  四日目

お遍路日誌     第4日目     区切り打ち8回目
    平成24年5月14日(月)
  この日お参りしたお寺
    第79番札所 高照院       第80番札所 国分寺
    
 朝6時に起きた。天気情報では夕方から雨、今日の歩きの間は大丈夫のようだ。6時半から朝食のバイキング。7時過ぎにホテルを出て丸亀駅7時26分発の電車に乗った。次の駅宇田津で降りる。駅前通りは広くてきれいだ。花壇のつつじが満開。7時40分に昨日お参りした郷照寺の前を通り第79番札所 高照院へ向かう。
 信号待ちをしているとへんろ姿の女性が追い付いてきた。若い女性だ。女性が挨拶をして先に歩いて行く。彼女は足が速い。ときどき電柱を手で撫でるような仕草をしている。なにをしているのだろうと電柱を見ると遍路道を示す矢印のシールが貼ってある。
それは変わったデザインでハングル文字で書いてある。前回はこんな矢印のシールはなかった。
今回歩いていると所々に貼ってあった。どうも彼女がシールを貼って歩いているらしい。
 坂出の商店街に入って来た。天井からは派手なキラキラの吹き流し(?)がつるしてある。人通りは少ない。歩いていると後ろから「こんにちは。歩いているのですね。」と誰かが声を掛けてきた。自転車に乗って足で道路を蹴りながら進んでいる人。どこから来たのか。何年生まれかなどと聞いてくる。自分は71才だという。子年だというと、子年のひとはたくさんお金を貯め込んでいるという、わたしは子年のひとを尊敬しているなどと言った。
 ちょっとこれを見て欲しいと自転車の前かごに載せていたファイルを開いて一枚の紙を手渡した。それは昨夜コピーしたんです。今から市役所へ出しに行くのです。自分のことを書いてありますと言う。見るとB4の用紙一面に自分の経歴などゴタゴタと書いてある。何歳のときの私の顔と書いた顔写真もある。 
自分は坂出のアランドロンだとも書いてあった。内容の説明をしてから「それではお先に行きます。お気をつけて」と言って自転車を進めていく。すこし行くと「そうそうこれもあります」と言って自転車を止めて待っている。ファイルから別の紙を出して渡してくれる。内容の説明をする。
 「それでは・・」と自転車をこいで行ったかと思うとまた止まって別の紙をくれる・・・。3,4回そんなことをして、最後に「ここを曲がると市役所ですから、行きます」と左折して行った。
 これを市役所へ出して何をするのだろう・・・?
八十場の水の手前のJR予讃線の踏切で遮断機が下りていた。シールを貼っていた女性が立ち止まっている。追いついた。
 そこから少し歩きながら話をした。シールを貼っているのかと聞くと彼女が言った。私は日本人ではありませんソウルから来ました。友人の家を拠点にして四国を歩いています。今3回目(と言ったと思う)を歩いています。
このシールは2000枚作りました。韓国人も歩いたらいいと思っています。韓国の人にも分かるようにこのシールを貼っています。私は日本語がわかるので韓国の人を案内するつもりです。今日は友達の家に帰るので荷物は軽いです。いつもは野宿をしています。リュックは20キロあります。
そんな話だった。大阪の新今宮に知人がいて、四国のこの近くにも友達がいると言うような話だった。今日は四国の友達のところに帰る。明日からはまた野宿するのだろうか。
そんな話を聞いていると八十場の水の「ところてん屋」さんのところに来た。男性が店の前に座っている。彼女が知っている人らしい。彼女は声を掛けて男性の方に行った。ところてんを食べるらしい。先に行くことにする。
第79番札所 高照院には9時半過ぎに着いた。ここの納経所は場所が分かりにくい。納経所はこちらという案内板があるのだが、ここのはそれがどこにあるのか分からない。前回、納経所が何処かとうろうろしたので覚えている。
塀で囲われた庭のようなところに入ると、植木の間に案内板がある。どこかのおばあさんが二人で納経所はどこだろうねと言っている。あそこの塀のなかですよと教えると、そうですか私たちは行かないのでいいのです。タクシーの運転手さんがやってくれますからと言っている。タクシーで廻っている人達だった。79番札所を出たのは9時50分だった。
第80番札所 国分寺へ向かう。鴨川駅の1km程東までは綾川沿いの田舎道を歩く。そこから国道11号線を歩く。11時半ごろに国分寺に着いた。国分寺の大師堂は納経所の中にある。部屋の中なので、風でローソクが消えることがない。お線香の臭いもして気持ちがいい。
お参りをして小休止。今日は昼食を持ってきていない。遍路道沿いに適当なコンビニがなかった。国分寺の400mくらい手前にうどん屋さんがあった。そこへ行くことにした。「手打ちうどん山下」で釜揚げうどんの小を頼む。セルフサービスでカウンターへうどんを取りに行く。そのときにお金を払うようになっているようだ。ゆっくり食べる。
今夜の旅館「えびすや」は国分寺のすぐ横にある。13時半ごろに「えびすや」に着いた。二階の部屋、布団が敷いてある。おかみさんが明日も布団はそのままにしておいて欲しいと言っている。?。
しばらくしてまたおかみさんが来た。「湿布をされますか?」と聞いている。するかもわからないと答えると「どんな湿布ですか?」と聞く「湿布をして寝られると布団に臭いがしみ込んで困るのです」と言う。持っていた湿布を見せると臭いを嗅いでみて「これはあまり匂わないけどねぇ、やっぱりこれにしてください」と言って湿布を二枚くれた。今迄こんなことは聞いたことがない。
3時頃までに何人かのお遍路さんが来たようだった。4時ごろおかみさんがお風呂に入ってくださいと言っている「早く来た人から順番にどうぞ」と言っている。隣の部屋の人に言っているのだ。私より早い人がいたのか・・と思っていると、私の部屋に来て「お風呂にどうぞ」と言った。
二人で入れと言っている。「タオルはご自分のを持って行ってください」という。お風呂にタオルが無いらしい。部屋にも置いてない。なんとサービスの悪い旅館かと思った。
風呂に行く男性が脱衣している。先に浴室に入っていった。あとから入ろうとすると男性が出てきて「中では髯がそれないので此処で剃ります」と言って脱衣室の小さな洗面台で髭剃りをしようとしている。中の鏡が湯気で見えないのだ。頭も剃るという。
浴槽も小さい。二人が浸かると身体が当たるだろう。気持ちが悪い。それに熱い。驚くほど熱い。辛抱して浸かって直ぐに出ることにした。こんな風呂は入っていられない。
「どんどんうめて下さいよ」と男性が言っているが「もういいですよ」と上がることにした。ちょっと浸かっただけだが結構温もった。風呂に入った気分になる。
18時ごろから夕食、二人と3人に分けて料理が並んでいた。3人のところには女性一人と男性二人が座っていた。向い合せの二人の席に座る。あとから男性が私の前に座った。
男性はみんなビールを注文している。私は飲まない。
食べながら前の男性と話をする。新潟から来ている人だ。2年で一周しようと歩いているそうだ。ここまで来るのが大変なので、一度来るとかなりながい間歩くことにしているという。夜行列車が無くなったので夜行バスで来るそうだ。
ノートが廻ってくる。宿帳だ。今日の人は60才台の人と70才の人が一人いるようだ。私が最高齢者になる。
前の人はビールの二本目を注文した。おへんろの話では気が合う。歩きの価値は普段の生活では触れることができないことにいろいろと出会うところにある。ちょっとしたこと、なんでもないことにでも心を動かされる。
去年の5月に今治を歩いている時に出会ったおばさんの話をする。じっと海を見つめていたおばあさん、毎日そうしていると言っていた。幸せな人だと感じた。物だけでは幸せにはなれない。人の、物事のいい面を見ようとする心があれば幸せではないか。歩くことで、自分の意志で自分を極限の状態に追い込んでみるとその時ものを見る目が変わってくるのではないか。
それが歩き遍路の良いところかも分からない。そんな話もしていた。他の人はもう席を立っていた。食事が遅くなってしまった。食堂をでるとおかみさんが立っていた。
朝食は6時からですと言っている。私は早く出ることもないので、6時半ごろにしたいと言うと「それは困ります。おへんろさんですから6時でおねがいします。」と言っている。そうですかと二階へあがる。変な旅館だ。こんなことを言うへんろ宿はないだろう。
 荷物の整理をする。明日は雨が降るかも分からない。リュックの出しやすいところへ雨靴やカッパなどを入れておく。

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丸亀駅前の道路。きれいな道路だ。つつじも満開でした。

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郷照寺への曲がり角。昨日、参っているので、郷照寺に向かってお辞儀をして、直進しました。

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高照院への道です。電柱に矢印のシールが貼ってあります。

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坂出商店街。自転車にまたがっている人が自己紹介の資料を市役所へ持って行く人です。
別の資料を渡そうと私を待っています。


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予讃線の踏切。リュックを背負っているのが韓国の女性です。

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ところてん屋さんです。韓国の女性とどこかの男性。

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第79番札所 高照院の本堂です。

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大師堂です。ここはお参りする人が少なかったです。団体さんと一緒になりませんでした。

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第80番札所 国分寺への道です。

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鴨川駅前を通過します。

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綾川沿いの遍路道です。

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讃岐の山がきれいです。

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国分駅です。

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第80番札所 国分寺に着きました。

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国分寺の参道です。両側に石仏が並んでいます。

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キンピカの「願掛け金箔大師」です。

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本堂です。

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大師堂と納経所です。納経所の中に大師堂があります。

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旅館えびすやの部屋です。

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旅館えびすや 泊まる部屋は手前の木造の建物です。
by satoyoshiaki | 2012-05-25 10:34 | お遍路日誌 | Comments(1)

おへんろ日誌 三日目

お遍路日誌     第3日目     区切り打ち8回目
    平成24年5月13日(日)
  この日お参りしたお寺
    第72番札所 曼荼羅寺       第73番札所 出釈迦寺
    第74番札所 甲山寺         第75番札所 善通寺
    第76番札所 金倉寺         第77番札所 道隆寺
    第78番札所 郷照寺
 朝6時に起きた。今日は携帯の目覚ましを6時にしていた。7時から朝食。7時半ごろに曼荼羅寺へ向かって出発した。国道11号線にでるまでは山の中の遍路道を歩き高松自動車道をくぐって行く。「ふれあいパークみの」を出てから3.5kmくらいの道だ。
1時間少しで第72番札所 曼荼羅寺に着いた。お参りをすませて。第73番札所 出釈迦寺へ。曼荼羅寺から数百メートルの道だ。
 9時前に出釈迦寺に着いてお参りをする。出釈迦寺を出たのが9時半。第74番札所 甲山寺へ歩く。11回目を回っているという人がこの道を行けばいいですよと教えてくれる。へんろ道沿いの畑では麦がもうすぐ刈取りできそうな色になっている。
 10時に甲山寺に着いた。甲山寺の山門は新しくなっているように感じた。帰ってから前回の写真を見たがかなり違っている。
お参りをして10時半に甲山寺を出る。次は第75番札所 善通寺だ。前回は雨の善通寺だった。今日はいい天気だ。甲山寺からは1.6km程度の道だ。
 10時40分に善通寺山門に着いた。善通寺は境内が広い、本堂と御影堂まで少し距離がある。ゆっくりとお参りをする。次の第76番札所 金倉寺へはどの門から出るのがいいのかよく分からない。納経所のおばさんに聞く。親切に教えてくれた。赤門を出て真直ぐ突き当りを左折・・・。赤門をでるときれいな道がついている人影は少ない。
 コンビニで今日のお昼のパンと豆乳を買う。高松自動車道の下をくぐったところに金網の柵をしたところがあり、そこの入り口は施錠されている。その横に座り込んでの昼食。前の道は車も通らない。すこし休憩する。
 12時半前に第76番札所 金倉寺に着いた。山門のところに「こどもまつり」という看板が挙がっている。中はたくさんの人で賑わっている様子だ。
 境内は出店がたくさん出ており子供連れがいっぱい。そういえば今日は日曜日だ。こどもたちの楽団も演奏の準備をしているようだった。
 お参りをして12時45。第77番札所 道隆寺へと進む。途中、「おへんろさん」と大きな声がした。家の窓からおじいさんが顔をだして呼んでいる。
 立ち止まっていると家からおじいさんが出てきて小さな可愛い陶器のお地蔵さんを差し出して「これもらってくれませんか。子供が作ったのです。中に紙が入っています。」と言った。それを持ってお参りをしますと頂いておく。どんな子供が作ったのだろう。どんな理由でお遍路さんに託しているのだろう。いろんな分けがあるのだろうなぁ。
 14時前に道隆寺に着いた。お参りをして今日の宿「丸亀プラザホテル」へ向かう。県道21号線を一直線でホテルに着くはず。道を気にせずに気楽に歩ける。15時過ぎにホテルに着いた。
 宅配便の雨具が届いていた。部屋に入って小休止。まだ時間が早い。このホテルはJR予讃線の丸亀駅の近くにあり、次の駅宇田津の近くに第78番札所 郷照寺がある。
 郷照寺は明日お参りする予定だが、これから歩いて行って、お参りして電車で帰ることもできる。
出掛けることにした。これから歩くと今日の歩行距離が20kmを越えてしまうが、とくに疲れているというわけではない。歩けるときに歩いておこうと思った。明日からは荷物が重くなる。
 リュックを置いて頭陀袋だけを持って出かける。わかりやすい道、16時20分ごろ郷照寺に着いた。お参りをして帰りは電車、宇田津駅に着くと丁度電車が来た。一区間電車に乗ってホテルに帰ってきたのが17時20分だった。
  電車の時間表を借りて、明日の朝何時の電車に乗るかを決めておく、丸亀発7時26分に乗ることにした。
 お茶でも飲むかと湯沸しポットのスイッチを入れる。お湯は直ぐに沸いたがお湯の出し方が分からない。傾けても出てこない。「ロック」とか「解除」というレバーがある。矢印のついた押しボタンもある。いじくりまわしているうちに蓋が空いて湯が飛び出してきた。左指にちょっと掛かってしまった。やけどをしたか?直ぐに冷やせばいいのだが冷蔵庫には氷がない。
水道水で冷やすがあまり冷たくもない。フロントに電話をする。直ぐに持って行きますと言うがフロントに何人も人がいるような大きなホテルではない。取に行く。フロントに行くと女性が大きな氷入れに半分ほど氷を入れて出てきた。沢山いらないのは分かっているのですが入れ物がこれしかないので・・と言っている・
氷を持って部屋へ、お湯のかかったところを冷やす。かなり時間を掛けて冷やしていると痛みが無くなってきた。結局やけどにはならず大丈夫だった。
ほんとうに急に何が起こるか分からない。

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「ふれあいパークみの」から71番と72番への三叉路にさしかかる。71番の標識に本堂までの階段は530段と書いてあります。

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曼荼羅寺への遍路道です。

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大池のはた、向こうに見えるのは火上山かも分かりません。

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第72番札所 曼荼羅寺の本堂です。

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曼荼羅寺の大師堂です。

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出釈迦寺への遍路道です。

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第73番札所 出釈迦寺の山門です。

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大師堂です。

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本堂です。

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第74番札所 甲山寺への遍路道。麦畑です。この辺りは麦畑が多かったです。

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甲山寺の山門。

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本堂と大師堂です。

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善通寺への遍路道です。

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第75番札所 善通寺に着きました。

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本堂と御影堂です。

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座って休憩、昼食。高架になっているのは高松自動車道です。

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第76番札所 金倉寺に着きました。「こどもまつり」で大賑わいです。

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境内には出店がたくさん。

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第77番札所 道隆寺へ歩きます。これだけたくさん標識が貼ってあれば間違えません。間違って直進する人が多いのかも分かりません。

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道隆寺に着きました。

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丸亀プラザホテルへ歩きます。おへんろさん休憩所です。今回の遍路道で初めての休憩所ではないでしょうか。

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丸亀プラザホテルです。

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丸亀城です。

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ホテルへ荷物をおいて第78番札所 郷照寺へ行きます。

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郷照寺の山門です。

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郷照寺の大師堂です。
by satoyoshiaki | 2012-05-23 10:34 | お遍路日誌 | Comments(0)

おへんろ日誌  二日目

お遍路日誌     第2日目     区切り打ち8回目
    平成24年5月12日(土)
  この日お参りしたお寺
    第68番札所 観音寺       第69番札所 神恵寺
    第70番札所 本山寺       第71番札所 弥谷寺   
 昨日は伊予最大の難所と言われる横峰寺にお参りすることができた。今日は電車で観音寺駅まで行って第68番からお参りします。
 朝5時半に起きる。朝食は6時から、伊予小松7時49分発の電車に乗るので6時半ごろから食堂へ行く。もう食べ終わって出掛ける準備をしている人もいた。
 7時半過ぎにビジネス旅館小松を出る。伊予小松は無人駅、ホームが二つある。上りホームは向こう側、陸橋がある。それを渡ろうかと思ったが向こう側のホームには誰もいない。
 高校生らしい子がどんどん駅舎に入ってくる。みんなこちらのホームで待っている。学生の一人に聞くと電車はこちらのホームに着くという。向こう側のホームは使っていないようだ。
 電車に乗っているのは学生ばかり、通勤らしい人は一人もいないようだ。学生にどこまで行くのかと聞くと伊予西条ですという。学校が伊予西条にしかないのだ。
 伊予西条で特急しおかぜ8号に乗り換える。8時58分に観音寺駅についた。
駅前の道が少しややこしい。駅前に停まっているタクシーの運転手さんに道を訊く。間違わない道は・・・と教えてくれた。すこし遠回りのような気がしたので途中から近道だろうという道に折れた。ところがどうもおかしい、間違ったような気がする。家の前で何かをしていた男性に聞く。間違っていた。逆戻りだ。せっかく教えてもらっているのに馬鹿なことをしたものだ。
結局、遠回りになってしまって第68番札所観音寺にたどり着いた。しかし時間は9時半、予定通りだ。第68番と第69番札所の神恵院はおなじ境内にある。納経所は一か所。納経帳の68番と69番のところに朱印を押していただく。
一度に二つ押しているのに600円とは高いのではないかと言っていたお遍路さんもいた。
つぎの第70番札所本山寺に向かう。財田川沿いの道、幅の広い歩道があり歩きやすいところもある。
家の前に立っていたおじいさんに挨拶をする。おじいさんが「歩いているのですね。わしも歩きたいが無理や」などと言っていた。
11時過ぎに第70番札所本山寺に着いた。本山寺には五重塔がある。境内の広いお寺だ。
本山寺の本堂は国宝になっている。
お参りをすませたのが11時半だった。
 つぎは第71番札所弥谷寺、歩いているとだんだん暑くなってくる。どこかのおじいさんが「歩いているのやな、暑いぞ」と声を掛けてくれる。途中、遍路道の標識が間違っているところがあった。直進するはずが右折の矢印になっている。弥谷寺に行けないことはないがかなり遠回りになる。近くにおじいさんがいたので、こちらへ行ってもいいのかと聞くと、これは間違っているおかしいなぁと言っていた。いたずら?そんなことはないだろが何故そうなっているのか分からない。
暑くなってきたのでベストを脱ぐことにする。厚着をしているわけではないがリュクで背中が暑い。道端に荷物を下ろしてベストを脱いで身支度をしていると、前から来たおばあさんが自販機で何かを買っている。近づいて来て「暑いでしょう。この冷たいものでもどうぞ」と言って冷えた缶コーヒーをくださった。ありがたく頂く。
国道11号線をそれて旧道に入る。讃岐独特のきれいな山々が見えてくる。
池の端、道端に座って昼食。前回もここに座って休んだような気がする。今日もコンビニで買った菓子パンと豆乳だ。この辺りには食堂といったものがない。少し休んで出かける。
しばらく行くと、新しい住宅の横で小さい女の子が二人遊んでいた。通りかかると「おじちゃん、なにしてるの?」と訊いてくる。菅笠をかぶってリュックを背負って歩いているのを変におもったのだろうか。お遍路さんのことを知らないのかもわからない。私は今回白衣を着ていない、いわゆる普段着なので変におもったのか。とっさになんと言っていいのか分からない。お遍路だよと言ってもそれなに?と言われそうだ。「この道がきれいなので運動のために歩いているんだよ」と答える。
写真を撮ってあげようかというと「うん!」と言ってポーズをした。
静かな田舎道に入っていく。ときどき車が通る。今日も良い天気だ、気持ちがいい。讃岐の山々の形がきれいだ。
 3時ごろ弥谷寺の参道にさしかかる。ここから本堂まで600mくらいあるようだ。
木におおわれた参道を歩く、20分くらいで山門に着いた。そこからが階段、かなり長い階段がつづく。3時半ごろにお寺に着いた。お参りをすませたのが4時、ほぼ予定の時間にちかい。
参道に「俳句茶屋」と言うのがある。前回はここも宿泊所になっていたが今は止めているようだ。その俳句茶屋でお茶のお接待。写真を撮ってあげましょうと言ってくれるので、写真を撮ってもらった。
弥谷寺から山道を下ったところの駐車場の奥に今夜泊まる宿「ふれあいパークみの」がある。
その宿に4時過ぎに着いた。
ここの温泉は良かった。大きな浴室に浴槽が六つほどあり湯の温度が少しずつ違っているように思った。部屋も大きくてゆったりできた。
今日もなんとかほぼ予定どおりお参りすることができた。

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正面が伊予西条駅です。

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観音寺駅前、観音寺、神恵院への道。

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観音寺に来ました。

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正面が神恵院の本堂、左が大師堂です。

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観音寺の本堂前の大きなクスノキ。

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第70番札所本山寺への川沿いの道、向こうに見える橋を渡ります。

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本山寺です。正面が本堂です。

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本堂です。


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大師堂です。

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第71番札所弥谷寺への道、ここで一休みしました。

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「なにしてるの?」の女の子。

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弥谷寺が近づいて来ました。

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参道に着きました。

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ここから581mと書いてあります。

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山門です。

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階段、また階段です。

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大師堂です。ここは靴を脱いであがります。

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本堂です。

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俳句茶屋です。店の前に男性が二人いましたが、写真を撮ってもいいですかというと、どうぞと言って中に入っていきました。お茶のお接待がありました。

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「ふれあいパークみの」です。
by satoyoshiaki | 2012-05-21 11:12 | お遍路日誌 | Comments(0)

おへんろ日誌

四国から16日に帰ってきました。6日間でした。17ケ寺のお参りをしてきました。

お遍路日誌     第1日目     区切り打ち8回目の初日
    平成24年5月11日(金)
  この日お参りしたお寺
    第60番札所 横峰寺   
 第7回区切りを終えてからすでに半年が経過しようとしている。1年に春、秋の2回の歩き遍路なのでそうなるのだが、時間の経つのは早いものだ。春と言っても寒さに弱い私なので4月は気が進まず5月になった。
 お遍路も今回と今年の秋の2回で結願したい。どこから歩くかいろいろ考えた。第7回区切りの観音寺にくるまでに雨だとか脚が痛くなってきたので、痛めてしまってはいけないという理由でバスを利用したところがある。そこを歩くことを考えた。一番長い所では足摺の38番札所金剛福寺から39番札所の延光寺まではほとんどバスを利用した。
今回、38番札所から歩く計画を立てたが。歩かなかったところを全て歩こうとすると移動時間も入れて4日間ほどかかってしまう。そうするとあまり先へ進めなくなる。制約の一つに一区切り一週間くらいで切り上げたいという思いがあるからだが。10日間も歩くだけの自信がない。
いろいろ迷った末、お参りしていなかった60番札所横峰寺にお参りして、昨年秋の続きの68番札所観音寺へと進んでいくことにした。どこまで行くかについては、秋に家内が一緒に長尾寺と志度寺を歩きたいと言っている。その手前の区切りのいいところということにした。
足摺については歩くだけなので別途考えることにしようと割り切った。
体力には自信がない。だんだん低下していくのは当然だと思う。歳のせいだろう。実施する少し前に西は二色浜まで、東はリュックを背負って当麻寺まで歩いてみた。歩きだせば歩ける。脚と膝にすこし痛みを感じることがあるが、歩けないということはない。ただし一日に20kmは越えないようにすることにした。
そんなこんなで5月11日から16日までの6日間のお遍路になった。
天気情報では14日、15日が雨、雨靴と防水ズボンを13日に泊まる丸亀プラザホテルへ送ってもらうことにする。雨ガッパは持って行く、少々の雨ならカッパだけで大丈夫だ。
5月11日の朝、河内長野6時57分発の電車で新大阪へ行く。
新大阪7時41分の「のぞみ1号」で岡山へ、岡山から「しおかぜ5号」で伊予西条へ行った。
伊予西条から普通電車で伊予小松へ行くのだが、時間待ちが50分くらいある。駅前へ出る。駅前はきれいだ。立派なバスの待合所がある。近くのファミリーマートで昼食のパンと豆乳を買う。
バスの待合所で食べる。
伊予小松駅の近くのビジネス旅館小松へリュックサックを預けて60番へ行くので、預ける荷物の整理をする。リュックを預けようと思っていたが頭陀袋を肩にかけて山を登るのは肩にかかる荷重のバランスが取れないので歩きにくい。リュックの中のものを手提げ袋、菅笠と頭陀袋を入れてきた手提げ袋に入れてほとんど空のリュックを担いでリュックの前に頭陀袋をぶら下げて前後のバランスを取ることにした。
伊予西条発が11時53分、伊予小松に12時2分に着く予定。事前に壬生川タクシーに電話してある。12時2分着の電車で行くので、駅前で待っていてほしい。荷物をビジネス旅館小松に預けてから、昨年秋に横峰寺へ登るために右折するところを上るのを止めて直進した石根郵便局のある交差点まで送ってほしいと頼んであった。
定刻に電車が来た。定刻に伊予小松に着く。小さな無人駅。駅前でタクシーが待ってくれている。私を見るとトランクを開けようとするので、その必要はないと言って乗り込む。
ビジネス旅館小松の玄関に手提げ袋を置いておく。誰もいないが電話をしてあるので名前を書いた紙を手提げに付けておく。
タクシーで石根局のところまで送ってもらった。12時15分ごろから歩きだした。
こちらは麦畑が多い。まだ青い麦畑、刈取る直前の黄色い麦畑があちこちにある。
車道を1時間半ほど歩いて14時前に山道に入る。道がかなり荒れている。大雨で山道がなくなっているところもある。橋も通れなくなっているところもあった。へんろみち保存協力会の資料にも
下記の趣旨のことが書いてある。
平成20年1月現在、上流5橋は完成しており、通行可能であるが雨天の際は水量が急増し・・危険大。通行不能になることがある。下流の妙谷川の流水量を見て川幅一面の流水のときは強行を控え・・63番からの車道を打ち戻るのがいい。我慢・忍耐修行也。
雨がひどい時はこの道を登らないで、61番札所へ行く下りの道を逆に上るようにということだ。
15時過ぎに山門に着いた。境内のつつじがきれいに咲いていた。
納経所で聞くと昨年秋の二度の大雨で道が崩れたと言っていた。
お参りをして山を下りる。山からはるか向こうに海が見えている。6時を過ぎているがまだ明るい。6時半ごろにビジネス旅館小松に着いた。
お遍路さん達は食事をしていた。大勢の人達、20人近い人達で二部屋がいっぱいになっている。おかみさんが出てきて今日は大勢なので別館で泊まってほしいと言う。食事が終わってから案内しますという。
近くの香園寺(と言ったとおもう)が宿坊を止めたので、混んでいるのですと言う。
夕食はいつもと同じ、量がものすごい水炊きだ。この旅館は近くで肉屋さんもしているので良い肉を使っているようだ。食べきれず残す。
大抵の男性はビールを飲んでいる。以前、修行中はアルコールを飲まないと言った人が何人かいたが、最近は違ってきているのかなぁ。
別館へ案内してもらう。歩いて直ぐ。かなり古い建物。二階の部屋。別館には4人位が泊まっているようだった。部屋の扉はロックできない。おかみさんに聞くと大丈夫ですという。誰も入って来ませんということらしい。田舎だなぁ。
別館で良かったかも分からない。本館も風呂は一つ、トイレは各階に一つしかなかったはず。あの大勢のひとが・・たいへんだ。
今日はちょっと強行軍だったが計画通りに歩くことができた。明日の装備の確認をして就寝。

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伊予西条駅です。

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駅前に うちぬき という噴水があります。

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山に向かって歩きます。今日は良い天気です。歩くと少し暑いです。

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車道はここで終わり。ここから山道に入ります。

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橋の手前の道が雨水に削られて無くなっています。

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道の土がなくなっているところもあります。

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3時過ぎに山門に着きました。

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境内のつつじもきれいです。

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本堂、修理中でした。

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大師堂へ

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下り道。61番札所香園寺への道は荒れていませんでした。

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山つつじがきれいに咲いていました。

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山を下りてきました。遠くに海が見えます。

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ビジネス旅館小松の夕食、これは二人前ではないのかと思ってしまいます。
by satoyoshiaki | 2012-05-19 11:42 | お遍路日誌 | Comments(0)

おへんろ日誌  区切り第7回目  あとがき 

今回のお遍路に出かける間際に左膝が痛くなり、無事歩けるのか心配だった。
とにかく無理をしないようにと心掛けていた。山道は危険なので第60番札所横峰寺はお参りしなかった。
一日の歩行距離を20km程度にしようと計画していたが実際どうなっていたのかチェックはしなかったが、帰ってから調べてみると、全日程8日間の平均が17.9km、行きと帰りの日を除いた6日間では18.8kmだった。ほぼ計画の数値になっていた。
8日目の雲辺寺からの下りがきつかった。その日の歩数計の指示は47500歩だった。下りを小刻みに歩いたからだとおもう。その所為か帰ってから3日間ほど両脚が筋肉痛になった。
山道の下りは何となく歩いていると、ズルっと滑ることがある。滑らないようにと思って歩いていると滑ることはない。何事も用心するに越したことはないという教えだと思う。
大そうな話だが最悪を想定して対応していくと言うことを教えているのだと思う。それでも何が起こるか分からない。
大興寺からの帰り道がそうだ。少し右手を見て確認しておれば道を間違うことはなかったかも分からない。歩きながら、へんろ道の標識がないのでおかしいと思ったがその時引き返すこともできた。思い込みは災いの元という教えのようだ。
慌てない、落ち着いて、いつになっても大事なことだ。
9年近く前に歩いた道だが記憶にあるところは本当に少なかった。何の変哲もない所を思い出したりする。なぜ強く印象に残っているのか分からない。
記憶にない所は何も考えずぼんやりと歩いていたのだろうか。先の事ばかり考えて歩いていたのだろうか。それともボケの始まっているからかも分からない。
お遍路さんにはいろんな人がいるものだ。なぜか一年間に6日間だけと決めて歩いている人。長年の親友と一緒に歩いていていたのが原因で大喧嘩になって断絶したとか。
車で108回廻るつもりだと言う人。北海道から来て、通しで回っている人。
今回は地元の人と出会うことが少なかった。道で会うと当然ながら挨拶をする。笑顔で応える人が多いが、中には知らん顔をする人もいた。前回、地元の女性にお遍路さんのことを地元の人はどう思っているのだろうと聞いたことがあった。答えにくそうだったが「変な人が多いです。」と言ったのを思い出す。お遍路さんのマナーが悪いのではないだろうか。
今回のお遍路はいろいろ祈り願いながら歩いた。いままでもそうだが今回は特別だった。
皆の健康、幸せ、長年の思いが叶うことなど、願い祈ることが多かった。
あと二回くらいで結願するだろか、次回は今回お参りしなかった横峰寺へお参りする。また歩かずにバスを利用した足摺岬あたりを歩くことも考えてみたい。
とにかく無事歩けたことに感謝。
合掌
by satoyoshiaki | 2011-12-05 16:25 | お遍路日誌 | Comments(1)

おへんろ日誌  8日目 

お遍路日誌           
第8日目
    平成23年11月14日(月)
  この日お参りしたお寺
          第66番札所  雲辺寺    第67番札所  大興寺

  4時半に起きた。6時前から朝食。宿のおじいさんが昨夜の席に座っている。朝食は私が一番早かった。食事を終ってから席を立つときに、おじいさんは私はあんたより10才年上だと言った。
防寒着を着こんで6時半に「岡田」を出た。おじいさんが宿の前の道に出て見送ってくれた。
真直ぐな道、少し歩いて振り返るとおじいさんがまだ立っている。頭を下げる。ゆるい曲がり角。そこを進むとおじさんが見えなくなる。振り返る。おじいさんが手を振っている。杖を持った手を挙げて行って来ますと手を振る。
 空を見上げると霞の中にお月さんが光っている。山陰から朝日が出てきそうな気配。幻想的な景色だった。
今日の雲辺寺は八十八ヵ所の難所の一つと言われている。標高が910m、「岡田」が標高240mくらいのところにあるので、標高差670m。ただ、上り下りの道ではないので気分的に楽だ。
  昨日見に来た遍路道の登り口から上がる。直ぐに車道に出た。車道の上り方向に行きかけた。いや、以前、下りの方向に歩いたような気がした。下る方を見ると遍路道が見えた。遍路札、矢印などが見える。上りの方向に歩くとかなり遠回りをすることになるのだろうとおもう。
  遍路道に入って直ぐに木々の間から太陽が見えた。まぶしく輝いている。1時間もしないうちに暑くなってきて防寒着を脱ぐ。
  道端にマムシ草が実をつけていつ。真っ赤な実が茶色の落ち葉の間に光ってきれいだ。1時間半くらいで広い道に出た。あと2.5kmという標識がある。
そこから45分くらいで雲辺寺に着いた。遍路道から境内にはいりお参りをする。納経所で朱印をいただく、300円を渡すと若い納経所の女性が「ありがとうございます。」と言った。なんとなくスーパーのレジを思い出した。
境内に入るところに67番への標識がなかったので納経所で67番への道を聞く。歩いて来た方向に進めという。トイレもその方向にあるという。そちらへ行くと立派な新しい山門があった。前の広場の端にトイレがある。前回はこの山門はなかった。
この山門をくぐってのお参りが本当だが横の道から入っていたのだ。トイレの近くのベンチに北海道の人が白衣を着こんでいた。いま着いたところらしい。今日は白衣を付けずに歩いてきたようだ。お参りはこれからと言っていた。
 67番への道の左側に石像、石仏が並んでいる。ものすごい数だ。途中少し数えたが全部で200体以上あるようだった。
 67番への道は下りばかり、落ち葉を踏みしめての山道。道がかなり荒れているところもある。道の真ん中が雨水でえぐられている。滑らないように横歩きをしないといけないところもある。
 はるか下の平地が見えるところ。あそこまでこんな道と下りるのかと思うと恐ろしくなってくる。足が、膝が大丈夫だろうかとさらに慎重に歩く。
 2時間近く下り道を歩いてゆるやかな道にたどりついた。舗装されたゆるい坂、車はほとんど通らない。田んぼの中の道だ。道端の畑に玉葱を置いたように植えてあり、その玉葱から芽がたくさん出ているところがあった。そんな畑が数枚続いている。何をしているのだろう・・・誰もいないので聞けない。
帰ってからネットで調べて分かったが種をとるそうだ。初めて見た。玉葱を作っている同級生が知り合いの農家の人にも聞いたが、その人も種は農協で買うので、どうして種を採っているのかしらないと言ったという。
 道の端にお地蔵さんが祀ってある。道標のようにたくさんある。1丁ごとに祀ってあるのではないかと思った。
 大興寺へはそんな静かな田舎道がつづく。12時半ごろに大興寺に着いた。お参りを済ませて納経所へ行く。納経所の人が「二回目も歩いておられるのですね。これをどうぞ」と言って、バナナのお菓子をお接待してくれた。
大興寺には三鈷の松がある。前回はこの松の葉を木箱り入れてあり一人一つづつ持って行ってください。沢山取らないようにという意味のことが書いてあった。その三鈷の松は木の周りに葉が散らかり、箱の中にはあまり入っていなかった。立札もなかった。
 お参りをすませて13時前、自販機の近くの椅子に座って休憩する。ジュースを飲む。頂いたバナナと持っていたお菓子などで昼食とする。
そのとき団体さんが入って来た。今回はあまり団体さんを見なかった。最後のお参りを済ませた時に団体さんが来た。
計画より1時間くらい早く大興寺を出た。68番札所観音寺へお参りしようかとも思ったが、さきへさきへと考えるのは止めよう。予定通り観音寺駅から帰ろうと決めた。
 大興寺を出て観音寺駅の方へ歩く。この辺りへんろみち保存協力会の地図が分かりにくい、電柱に貼ってあった矢印の向き、左に曲がるように見えた。そちらへ歩いたが方向を間違っていて大興寺の裏口のところに出てしまった。慌てて戻る。間違った電柱の矢印のところ左側の狭い道が正しいらしい。そこにいたおばさんに聞くとその道を下ると国道377号線に出ることが分かった。あとは地図のとおり豊田小学校、池の尻、出作を通って観音寺駅についた。15時丁度だった。新大阪へ行く一番早い電車は何時かと駅員に聞くと15時8分とのこと。それに乗って帰ってきた。河内長野駅に帰って来たのは18時半ごろだった。駅の階段を下りていると下から「おかえり」と声がした。見ると孫の桜子がお母さんと一緒に迎えに来てくれていた。ありがたい。無事帰ることができた。

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朝のお月さんが幻想的でした。

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もうすぐ陽が上るようです。遍路道です。この時6時半でした。

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雲辺寺への遍路道。ここから山道に入りました。

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陽が上ってきました。

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マムシ草です。

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山道を登りきると歩きやすい道にでました。

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雲辺寺に着きました。「岡田」を出てから2時間半かかってました。

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雲辺寺の本堂です。

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大師堂ときれいな紅葉です。

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新しい山門です。山門が出来たのをしりませんでしたのでここから入りませんでした。

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大興寺への道。沢山の石像が並んでいました。

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大興寺への遍路道です。通る人が少ないのか落ち葉がきれいに積もっていました。

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山を下りてきました。

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玉葱の種を採る畑です。

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大興寺です。遍路道を歩いてくると境内の裏に着きます。そこから本堂が近いのですが、以前そこに立札があり「ここから入ると朱印を押しません。山門から入ってください」というようなことが書いてありました。そこで山門まで坂を下り。山門から階段を上がって本堂へということになります。

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大興寺の本堂です。

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大師堂です。

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三鈷の松です。

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ここで今回のお寺での最後の休憩をしました。

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団体さんが来ました。今回団体さんに会ったのはこれが初めてだったと思います。
by satoyoshiaki | 2011-12-04 11:36 | お遍路日誌 | Comments(0)

おへんろ日誌  7日目 

お遍路日誌           
第7日目
    平成23年11月13日(日)
  この日お参りしたお寺
          第65番札所  三角寺

  5時半に起きた。6時頃から朝食。昨日、買っておいたパン、サラダなど。今日も雨は降らないようだ。歩きやすい天気のようだ。7時10分に「ろんどん荘」を出た。
今日は三角寺へのお参り。三角寺は標高480mのところにある。かなりの登り道があるのだろう。前回はこの辺りのお寺への道は険しかったというような記憶はない。険しかったのは焼山寺だ。上ったり下ったりの繰り返しがこたえたのだろうとおもう。
  朝、三角寺の山の方が霞んでいる。山陰で朝日が見えないのかも分からない。30分ほど歩くと見覚えのあるところに来た。大きな水道のタンクがある。フェンスがある。前回はこのフェンスの入り口のところに座り込んで昼食をとったはず。その場所はあそこだ・・と近づいて行く、まさにそこだった。向かい側が高速道路沿いの松林で車の音が聞こえる。道端の草はきれいに刈ってある。
懐かしい場所だ。今回は座らずに素通りした。
  登り坂に差し掛かる。村の中だ。家の石垣、扁平な石を積み上げている。どこの家も同じような石垣がある。前回は歩きながら、この石を集めて積み上げるのに先人はどんな苦労をしたのだろうと思ったものだ。その道を登っていく。上柏町辺りから眺望が開けた。遠く海が見える。
  山道に入っていく。途中にベンチがあった。お遍路さんが二人座っている。私が近づくと一人が立ち上がって歩き出した。そこで立ったまま小休止。
ベンチに座っていたもう一人の人と歩きながら話をする。その人は名古屋から来ているそうだ。Nさん。1年に6日間だけくる。今回で7年目だという、今日は5日目、明日は名古屋に帰るそうだ。Nさんは杖をついているが遍路杖ではない。足が少し悪いらしい。普段使っている杖をついているようだ。
  よくしゃべる人、小さい時にヘルニアの手術をしたが上手くできなかった。それ以来、杖をついている。身障者の5級に相当するそうだ。
7年前に親友と四国を回ろうと言って歩き出した。初めは良かったがだんだん意見が合わなくなってきた。だんだん喧嘩をするようになってきた。忘れもしない19番札所立江寺で大喧嘩になった。近くの立江駅から帰った。それ以来その人とは会っていないという。
  Nさんは宿を予約しないという。3日ほど前に野宿をしたそうだ。夕方、暗くなって、どこかで座っていると、眠たくなって眠ってしまったとか。リュックサックは10kgあるという、小さめのリュック、10kgもあるのだろうかと思った。
二人遍路の道中は各自のペースで歩いて、途中落ち合う所を決めておいて歩調を合わせるのがいいと言われている。その通りだ。
  Nさんと話しながら三角寺についた。話しながらの歩きはそちらに気を取られて本来のお遍路とは言えない。三角寺でお参りをしているとNさんがお寺の休憩所でだれか、Dさんと話をしている。Nさんはお参りをしないのだ。信心家でないのでお参りをしないと言っていた。朱印は頂いているそうだ。スタンプラリーのように歩いている。
NさんはDさんと歩きだした。私も三角寺をあとにした。
  三角寺からは下り道、椿堂を目指す。
  三角寺からNさんとDさんのあとについて歩く。彼らは話しながら、ゆっくり歩くので歩調を合わせるのもいいだろうとついて歩く。
しばらくそのように歩いていたが余りにもゆっくり過ぎる。途中から先に歩く。
  椿堂が見えてきた。
前回、平成15年3月、椿堂は大師堂の建築中だった、基礎工事をしていた。瓦を一枚奉納した。お寺の人からお茶をお接待された。あの時は椿堂までお遍路とし、椿堂からはバスで一野屋旅館という宿へ向かった。
バス停でバスを待っている私に中学生が牛乳を収集中のタンクローリーを見て、これに本当に牛乳が入っているのですかと聞いてきた。入っていると思うよと言うと「そらみろ僕が正しいぞ」と友人に言って笑っていた。また中学生くらいの女の子が歩いて坂を下って帰って行った。帰る途中、曲がり角で振り返って手を振っていた。この辺りの子供はかわいいなぁと嬉しく思ったのを覚えている。そんな椿堂だ。
大師堂はどうなっているだろうと近づく。大師堂は出来てから8年くらいたっている。新しいという感じではなかった。  朱印を頂く「歩いているのですね」とお寺の人が「おにぎり」というお煎餅をくれた。ありがたく頂く。
  しゃべりながらNさんとDさん坂を下り、椿堂へ入って来た。入れ違いに出かける。昼食を持ってないので頂いた「おにぎり」と持っていたクッキーを食べながら歩く。
  椿堂を出て40分くらいで、休憩所があった。そこに菅さんのサイン入りの色紙が飾ってあった。
1時間少しで、愛媛県と徳島県の境にある「境目トンネル」に着いた。境目峠を越えるのが本来の遍路道だが、近道のトンネルを歩く。トンネル内の騒音防止に耳栓が役立つ。耳栓をすると音もなく車のライトが通り過ぎる。トンネルを出ると徳島県三好市だ。温度表示器があり17℃となっていた。最適の温度だ。
  境目トンネルから1.5km程歩いて民宿「岡田」についた。今回のお遍路の最後の宿。
近くにホテルか旅館がないかと思っていたが、雲辺寺の近くにはこの民宿があるだけだ。
  民宿の入り口に「予約のお遍路さんは裏へ行ってください」と書いた紙が貼ってあり、矢印がしてある。裏へ行く。声を掛けると男性が出てきた。中年の人だ。「こちらです」といって、すぐ裏の別の建物の戸を開けた。この部屋へどうぞと上がりがまちのすぐ横の部屋へ案内してくれた。6畳くらいの部屋、ストーブが置いてある。私が一番早かったらしい。
  荷物の整理をする。一番風呂に入る。夕食までまだ時間がある。そこら辺りを歩いて来ますというと民宿の奥さんが雲辺寺の上り口まで1キロくらいですと言うのでそこまで行ってみることにした。
  静かな村だ。雲辺寺の登り口、なんとなく見覚えがある。引き返す。
  夕食、私とNさん、Dさん、北海道から来たという人、車で廻っているという飛び込みの人の5人だった。食卓の正面には、民宿のおじいさんが座っている。
北海道の人とはどこかで一緒に歩いたこともある。その時11月末までこちらに居られるので、その間に結願すると言っていた。農家の人だ。留守中は奥さんが畑を見ているとか。
食事の時に、今朝、家内から連絡が入り明日は雪が降るので今日中にブロッコリーをとらないといけないと言っていた。先ほど連絡がありブロッコリーの刈取りができたと言っていたと話していた。
民宿のおじいさんは菅さんがここに泊まったと言っていた。部屋がなかったので二階の小さな部屋だったそうだ。菅さんは三人で歩いている、SPと秘書だそうだ。秘書が止まる部屋がなかったので車で町まで行ったとか、秘書は足に豆ができて可哀そうだったと話していた。予約が遅かったのかという誰かの問いには答えなかった。だれかが二階のあの三畳の部屋ですかと聞いたが、おじいさんはそれには答えず「起きて半畳、寝て一畳」と繰り返し言っていた。
食事が終わるころにおじいさんが地図をくれて、これから先の道を間違わないようにと細かい説明をしてくれた。最後に八十八ヵ所の記念切手のPRがあった。
宿のおじいさんが宿帳を書いてほしいと言って宿帳を順番に回してくる。私のところには最後に回ってきた。各自が氏名、年齢、住所を書いている。Nさんは72才、Dさんと北海道の人は60才台、車の人は40才台のようだった。私が最高齢者だった。
食事をおえて部屋へ帰って明日の荷物の持ち方の確認。あすは最大の難所と言われている第66番札所雲辺寺へ行って、山を下って大興寺へお参りして観音寺から帰宅の予定だ。怪我などしないようにまた膝を痛めないように歩かねばならない。
9時頃床に入る。二階で人が歩くとどんどんと音がする。古い家なので仕方がない。それにしても喧しいものだ。
夜中に目が覚めた。なにか音がする。小さい音だが「ゴーゴー」とか聞こえる。周期的な規則正しい音だ。何の音だろうか・・・・分かった二階の人のイビキだ。さぞ横の部屋で寝ている人はたいへんだろと同情する。すごいイビキの人だなぁと思っているうちにまた寝てしまった。

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朝の早い遍路道。山が霞んでいます。どの辺りが三角寺なのだろうか。

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前回、大きいタンクのフェンスの左側の端、扉のあるところで休んだと思いながら近づきました。 その通りでした。

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遠くに海、工業地帯が見えてきました。

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三角寺への階段、境内です。右に皇帝ダリアが見えます。

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道路が崩壊しています。手前に通行止めの標識があるのに、ここまで突っ込んできた車がありました。

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ツゲの木をきれいに刈りこんで、鶴とカメの形にしてありました。

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石垣、どこの家の石垣もこのような扁平な石を積んであります。

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椿堂が見えてきました。白い大きな建物の右側の端の方です。

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椿堂の大師堂です。前回はこの大師堂の基礎工事をしていました。

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菅さんのサイン。

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境目トンネルです。

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民宿「岡田」、宿の建物は写っていません。母屋の裏、この写真の右側にあります。

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雲辺寺の登り口への遍路道です。

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雲辺寺への登り口、右側に「雲辺寺遍路道入り口」と書いて矢印が左側の細い道を指しています。
by satoyoshiaki | 2011-12-03 10:22 | お遍路日誌 | Comments(0)

おへんろ日誌  6日目

お遍路日誌           
第6日目
    平成23年11月12日(土)
  この日お参りしたお寺
    お参りしたお寺はありません。

  6時に起きる。7時少し前に定番の朝食。食堂がフロントの横にあった。朝食をとっているのは私ひとり。朝食をすませて、7時50分にMISORAをあとにする。今日はビジネスホテル「ろんどん荘」までの23km強、お参りはない。今日の天気はよさそうだ。
  7時50分にMISORAを出る。待ち時間の長い押しボタンを押して国道11号線を渡り、旧街道へ。この遍路道を歩く。国領橋の上から見たMISORA、前回はここから見たのだ。こんなところにホテルがあるのかと思った。周囲に住宅が5、6軒ある所にホテルが一軒、ちょっと違和感を覚えたものだ。
3時間ほど歩いて、番外12番の延命寺で少し休む。よく晴れており暑くなってきたので、シャツを一枚脱ぐ。10分ほど休んで歩く。
1時前になってきた。どこかにレストランがないだろうか。この旧街道にはレストランなんてあるはずがない。豊岡小学校東側の名もない川に架かる橋を渡ってから国道11号線にでる。向かい側にレストランらしき店がある。「Yesterday」と書いてあるようにも見えるが、崩し文字なのでよくわからない。横の駐車場から数人の人が店に入っていく。出てくる人もいる。渡りにくい11号線を渡ってその店へ。入り口にメニューがある。レストランだったやれやれ。チキン定食とやらを食べる。レストランで昼食をとったのは今回のお遍路では初めてではないだろか。
休憩もいれて一時間ぐらいその店にいた。
ここの旧街道には「あいさつ道路」という標識が良くみられる。電柱に縛り付けたり、立てかけたりしてある。そのわりに出会う人たちは挨拶をしない。こんにちはと会釈をしても知らぬ顔の人もいる。こんな人がいてるからわざわざ「あいさつ道路」なんて掲げているのだろうか。
向こうから挨拶をしたのは中学生が二人だった。
そんな遍路道を歩いて15時20分に今日の宿ビジネス旅館「ろんどん荘」に着いた。おばあさんが出てきた。娘さんは大阪に出ている。孫もいるそうだ。主人が亡くなったので、今は一人でこの旅館を見ているという。どうりで食事がないはずだ。素泊まりの宿だ。
食べるものは東向かい側のスーパーかそれとも北向かい側のオカズ屋さんで買ったらいいと言っている。風呂に入って欲しいとのこと、風呂は一つ順番に入る。部屋へ荷物とおいて小休止後一番風呂に入った。
風呂から上がって夕食と明日の朝食を買いにいく。まずスーパーで弁当を買った。それからオカズ屋さんをへ行った。20~30種類くらいのオカズが置いてある。厨房で作っている。それぞれに
100グラム幾らと価格が書いてある。店員にどうするのかと聞くと、ここに好きなだけ入れてくださいといってプラスチックの容器をくれる。サラダ二種、肝などを容器に入れる。店員が秤にかけて値段をだす。319円。大きな容器に中身がちょっと。それを持って帰る。「ご飯はいりませんか?」と店員。スーパーの弁当よりここで買った方が良かった。
部屋でゆっくり食事。明日の準備をして寝る。今日も無事歩けた。ありがたい。

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国領川には水が殆ど無い。向こうに小さくMISORAが写っています。前回はここから見ていたのです。

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道の下あたりの遍路道です。カイズカの木、こんな形にもなるのですね。おもしろい。

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国道11号線に出ました。これを渡るとJRの踏切に出ます。伊予土居駅も近いです。

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皇帝ダリアです。この辺りこの花がたくさん咲いていました。

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豊岡辺りの遍路道です。人影がありません。

ビジネス旅館「どんどん荘」の写真を撮るのを忘れました。頭もぼんやり疲れていたのでしょう。
by satoyoshiaki | 2011-12-01 18:00 | お遍路日誌 | Comments(0)